2014年10月4日「ギャーギャーギャー第4回公演『あいつ風邪ひいたっていうてたはずやのに』」






ストーリーの概要がある程度伝わるか伝わらないかくらいの自己満足なレポートと感想がひたすらに続きます。

個人的見解や無駄に詳細なレポートに苦手意識のある方は、どうぞ閲覧をご遠慮くださいませ。




























要求されたものをそのまま提供するのが、果たして本当の優しさなのか。
「お金が欲しい」と言われたら、お金をあげるのか。
「殺してほしい」と言われたら、殺してあげるのか。

“してあげる”が、優しさ?

どこか鼻につく表現。
この作品を見て、なおさらそう思うようになった。






ホームレスの自立支援団体ネクストに所属する山下(ジソンシン酒井)は、その上司河本(アキナ山名)の指導を受けながら、精力的に活動を行っていた。
山下が活動をする公園に住む、”社長”(守谷日和)と”セールス”(ビーフケーキ近藤)は大の仲良し。時には口喧嘩をしながらも、毎日顔を合わせては楽しそうにしている。
二人は山下のことを、親しみを込めてなのか”炊き出し”と呼び、山下もそれを笑顔で受け入れていた。

“社長””セールス”という呼び名は、それぞれの前職を指している。
社長は小さな町工場の社長を務めていた。しかし経営が傾き会社は倒産、妻と子どもとも離れ、社長は独り身に。金も身寄りもない社長はやがてホームレスとなり、現在の公園に住むようになった。
ある日社長はセールスに、自分の会社が潰れるきっかけとなった当時の愛人に復讐しようと思うと計画を語り始める。まずその元愛人を見つけるには資金が必要である。セールスは一緒になってその資金集めに精を出す。
ところが肝心の社長は来る日も来る日も公園のベンチでぼーっとしているだけである。いよいよ腹を立てたセールスは社長に飛び蹴りをかまして怒りを露わにするが、どうも社長の様子がおかしいことに気がつく。社長は以前からの持病が悪化し、酷く体調を崩していた。
ちょうどそこに現れた山下は社長を病院へ連れて行こうとする。しかし保険証を持っていないことを理由に、社長どころかセールスも病院行きに難色を示す。それでもなんとか社長を病院へ連れて行った山下は、そこで現実社会と自分の理想の差に愕然とする。
身なりも汚く、保険証を持たないホームレスを前に、医者(帽子屋お松)は顔を歪めていた。診察すらしようとせず、ただただ追い返そうとする医者に山下は食ってかかるも、社長とセールスは最初から分かっていたことだと完全に諦めている様子。
なんとか解熱剤は処方してもらえたものの、それ以上に心に与えられたダメージは大きい。自分の懸命な行いが、返って社長とセールスを傷つけてしまったことに酷く落ち込む山下は、河本にこう洩らした。

「僕が差し伸べた手は人を不幸にする」

山下は以前にも似たような経験をしていた。
深夜の駅のホーム、当時の山下が出会ったのは、脚を酷く痛めたホームレス(帽子屋お松)。
一昨日から何も食べていないと話す彼に、山下は持っていたリンゴを差し出す。するとホームレスは青森にある実家を思い出し、そこでの記憶を楽しげに語り始める。
そして「実家に帰ってみようかな」と新たな1歩を見つけた様子のホームレスに、山下は安心してその場から立ち去った。
しかし残されたホームレスの耳には、そこにいるはずのない父、弟、そして母の声で自分への罵倒が聞こえてくる。いよいよ幻聴か現実か分からなくなった彼は、同じく幻覚か現実か分からない父の形をしたそれが指差す方へ、脚を引きずり向かっていく。そして悲惨な絶叫と共に、彼は自ら命を絶った。

「あのとき僕が声をかけていなければ」
山下は、自分の行動が彼を最悪な結果へ導いてしまったのではないかと、今でも強く後悔していたのだった。


社長は離れた妻と離婚の手続きをしていない。家族にこれ以上迷惑をかけられないと思い立った社長は、自ら家を飛び出していたのである。現在の暮らしぶりは生活保護を受ける条件として不足はない。しかし未だ籍を置いている妻に迷惑がかかることを恐れ、社長は生活保護の申請を出せないでいたのだ。
解熱剤が効いたのか、少しは体調がよくなった様子の社長。
しかし病気で弱くなった心はそう簡単には戻らない。先日の医者の態度を以て改めて現実を突き付けられた社長の心は、弱っていく一方だった。
金があり、家があり、家族がいたことを思い出し、社長は泣く。本当によく出来た嫁だったと、妻を想い泣く。女遊びが絶えず毎晩のように飲み歩いていた社長を咎めもせず、飲んで帰ると必ず用意されていたお茶漬けとお漬物。一度たりとも手を付けなかった社長だったが、今思い出すのはお漬物の種類がいつも違っていたこと。
あんなにも愛されていたのに。そしてまた社長は泣く。

風邪をひいたと言って早退したはずの山下が、弱った社長の前にいる。社長は自分の愚かさを悔やんでか、泣きながら山下に「殺してくれ」と懇願する。
社長が身につけているのは、社長時代大切に着ていた一張羅の作業着。元愛人に復讐するのだと、セールスに息巻いていたときにも着用していたそれを、社長は肌身離さず大事に守ってきた。その一張羅が今、死装束に成り代わっていた。
山下は黙って社長の話を聞いていた。そして社長は懇願する「殺してくれ」。
山下がこのとき何を感じていたのかはこれっぽっちも分からない。ただ山下が社長の首に手をかけるまでの長い沈黙に、情報が山のように詰まっていた。
山下が指に力を込め、社長の首が次第に締め付けられていく。

セールスが、山下を突き飛ばした。空気を一気に吸い込んだ社長が盛大に咳き込んでいる。
山下に馬乗りになり、なぜ殺そうとしたのかと激怒し問うセールス。
「殺してくれと言われたから…これで社長さんが幸せになるなら…」どこか虚ろな目でそう絞り出す山下に、セールスはさらに激昂する「俺の幸せどうなるねん!」「俺の友達奪わんといてくれ…」そしてセールスは続ける「俺たちを見下すな」と。
要求されたものを与え、さも同じ目線であるかのように接する。同じ目線に立つ?その発想がまず見下しているということではないのか。”してあげる”は、必ずしも優しさと言えない。それは与える側の、自己満足のようなものなのではないか。
セールスの言葉に目を覚ました山下は「僕は今から僕のやりたいようにします。そしてそれは、あなたの望んでいることとは反対のことです」そう宣言すると、山下は社長を再び病院へ連れ込んだ。
自分の行いが自己満足からなることだと受け入れた山下は、自らそれを宣言し、実行に移す。人の為にだとか、そんな言い訳を彼は辞めたのだ。

山下が治療費を立て替えたおかげで薬が手に入り、体調も回復した社長は毎月数百円ずつ山下に返す約束になっていた。しかしなかなかその約束通りには進んでいない様子の返済。
山下は社長を咎めるわけでもなく見逃すわけでもなく、「もう」と一言笑った。
「それでええんか」と声を荒げるセールス。それでも、元気になった社長を前に、どこかうれしそうな素振りは隠せていない。

唐突に山下は「昨日夢を見たんです」と話す。それはみんなで一緒にご飯を食べる夢。
山下の部屋で、みんなが笑顔で食卓を囲む夢。
それを語る山下はとても幸せそうだった。




終演後に思ったのは、同じく山名さんが作演出を務めたBAMY3に通ずるものがあるな、と。
(BAMY3については別記事で確認いただければ幸いです)
物語冒頭、社長とセールスの罵り合いから伝わってくる二人の仲の良さはまるでガンちゃんとラリーさんみたいだし、手の差し伸べ方を間違っていたと気づく山下は秋山くんのようで。
全くの別作品なのにこじつけみたいに関連させるのは失礼かもしれませんが、でもこれが山名さんの描く人間模様なんだなって思って。
山名さんに興味が惹かれたのはあのBAMY3のお話がきっかけだったし、そういうのをまた見たいと強く思っていたので、それが叶って本当にうれしかったんです。
様々な形のハンデと優しさをそれぞれが抱えていて、それらがわずかに反応しあっている繊細なお話。
そういった繊細な人間模様はアキナのコントにも垣間見ることが出来ますが、ここまでクローズアップされたものを見る機会はそうないです。
だから見せつけられるたびにどんどん惹かれて、本当にズルいなあと思います。笑

これは同じ公演を見た友人がよく口にしていた言葉なのですが、「炊き出し(山下)、お前の幸せはなんやねん」と。
確かに。言われてみて初めて気が付きました。山下にとっての幸せって一体なんなのか。
山下は「みんなに幸せになってほしい」と言う。でも、そこに自分の幸せは含まれているのか。
みんなが幸せになることが、彼にとっての幸せ?
でも他人の幸せのために自己を犠牲して、それでも自分は幸せだと心からの笑顔で言えるのか。
ここまで考える必要があるのかどうかは分かりません。本当は考えないほうがいいのかもしれない。描かれた部分だけを感じ取って、余韻に浸ればいいのかもしれない。でも考えちゃう。
炊き出しくんの幸せって、一体なんなんでしょうね。


私は「頑張れ」という言葉が嫌いです。
一見すると励ましや応援の言葉のようだけど、ものすごく無責任で他人事のような、そんな印象を受けます。 すでに一生懸命やっている人に「頑張れ」なんてなおさら言えない。「今以上に頑張れ」なんてとてつもなく酷だ。

それと、「してあげる」という表現もすごく嫌いです。だって明らかに上から目線。
「あげる」与える人間と与えられる人間の間には、それだけで上下関係が成立してしまう。
上下関係の下に成り立つ優しさなんて、それは与える側の自己満足のようで。


この作品がここまで言いたかったのか、そもそもメッセージ性を持たせたかったのか、それは分かりません。
こちらが勝手に暴走して理屈っぽいことを書き並べているだけです。

それでも私はこの作品を観て以上のことを強く感じたなと、その現象自体を忘れたくなくて、改めて筆を取りました。もしかしたら少しでも共感してくれる、興味を持ってくれる方がいらっしゃるんじゃないか、そんな希望も抱きながら。

ご意見ご感想などもいただけると幸いです。

最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

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