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2015年6月13日「ギャーギャーギャー第5回公演『金盞花』」





感想はもちろんのこと、考察も個人的なもののため鵜呑み丸呑みにはしないでください。

ストーリーの紹介とは異なるため、見た人にしか分からない内容になっているかもしれません。伝わればラッキー。

つるとんたんで行われたアフタートークの様子も若干含まれています。



寺田 守谷日和
片瀬 近藤(ビーフケーキ)
雄二 酒井(ジソンシン)
エビ 山名(アキナ)
間口 帽子屋・お松

この話の結末は、登場人物の心境の変化・内面的な成長が招いたというよりかは、各々が以前から持ち合わせていたものが、お互いのちょっとした関わりをきっかけに溢れた結果なのだと思います。
持ち合わせていたものは、話の中で肥大したのではなく、すでに後戻り出来ない状態のものたちで、溢れ出るのも時間の問題だったのかもしれない。
そうして転がっていく様を、見届けたような感覚でした。
けれどその持ち合わせていたものと、転がっていく様を追うのが割と難しくて、脳内で整頓しているうちに話が終わってしまい、一種の儚さと慌ただしさみたいなものを感じました。
鑑賞した客に判断を委ねる。脚本に余白があるというのは、とても楽しいです。
そこで今回は、各キャラクターが内に持っていたものや、それらが溢れ出たきっかけはどこだったのかを自分なりに考察したいなと思い、登場人物を様々な組み合わせで対比させながら掘り下げることにしました。中にはアフタートークで明かされた答えも含まれていますが。

目次
・エビと片瀬
・片瀬と寺田
・寺田と雄二
・雄二と片瀬
・間口と、お松脚本
・被害者と元凶
カレンデュラと金盞花
・憶測と答え合わせ
・他雑記

【エビと片瀬】
アフタートークの前半で、エビはいなくてもこの話は成り立つんじゃないのか?という話題になった。
エビを演じた山名さん本人ですらも、そう言っていて。
確かにエビは一見、ただの道化のようで、ストーリーへの関連性、他のキャラクターに影響を与えるような言動はあまり見られない。
けれどなぜか、エビが舞台上に登場した瞬間、彼はこの作品において重要な意味・核を担っているような気がして、ただ腹を抱えて笑うということが出来なかった。
彼はこの作品で一体なにを託されているのだろうか、そこに興味が湧いた途端、彼のおかしな言動全てが重要な意味を持っているような気がして、眉間に力が入った。

エビは、カエルが大好きだ。ただ愛でるのではない。踏み潰すことに喜びを覚えている。
大好きな片瀬の小説に目を通しながら、足元に転がるたくさんのカエルを、一匹一匹確実に踏み潰していく。
カエルを踏み潰すというアイディア自体は山名さんが出したもの。
単にその図がおもしろいから提案をしたのか、それとも別に意味があるのか…そこまで語られることはなかったものの、脚本演出のお松さんは、このカエルの案から”警戒色”を物語に結び付けようと思いついたという。

けいかい-しょく【警戒色】
周囲の色に比べて目立つような色彩や模様をもつ動物の体色。ハチ・毒蛇などで、有害・悪臭の動物に多い。

エビが愛読するファンタジー小説カレンデュラ』の作者 片瀬は、17歳のときに殺人を犯し、10年間刑務所に服役していた。
その獄中で書いた小説『カレンデュラ』が、この度イクタガワ賞を受賞。
そんな片瀬はあるとき担当編集の間口にこんな言葉を投げかけている。
「警戒色って、知ってますか?」
殺人に手を出した当時の片瀬の服装は、赤いシャツ、黄色のパンツ、緑の髪に、紫のサングラス…片瀬はこれらを自ら警戒色と呼ぶ。
「自分の中にある毒を、抑えられる自信がなかったんです」
わざと奇抜な格好をして、他人を寄せ付けないよう振る舞っていたという17歳当時の片瀬。
しかしそんな彼に近づいたのが、殺人事件の被害者となる人物、江川優子だった。

江川優子の殺害理由について片瀬は、物語の序盤で「ムカついたからや」と答えている。
また警戒色の話を交えながらの際には「(優子が自分に)近づいたから」と話す。
どこか重要な箇所が抜けているのではと聞き返す間口だったが、片瀬にとっては十分な説明文句だったらしい。
片瀬からすれば、事前に発している危険信号に臆することなく近づいた優子へ、自分の毒が向いてしまうのは当然であったのだろう。

「もっときれいなカエル踏みたいな」とつぶやいていたエビは物語の終盤、片瀬が警戒色の例えに用いたヤドクガエルを発見する。
彼にとっての”きれいなカエル”とは、いわゆる警戒色にあたる派手な色をしたものらしい。
大好きなきれいなカエルをついに手に入れたエビは、そっと撫で、頬ずりをし、愛おしさのあまりか口に含む。
そしてなんとか興奮を抑え、息を整えると、ヤドクガエルをしっかりと踏み潰した。
息を詰めて果てる様が自慰行為のようで…これが彼にとっての快楽だったのだろうか。

ヤドクガエルは猛毒を持つ生物である。
無暗に猛毒へ触れたエビは、いたましいことにも命を落としてしまう。
ヤドクガエルの毒やられたエビと、片瀬の毒にやられた優子。
最初から危険だと信号を発しているものに自ら興味を持ち、あえて近づいたことで結果的に命を落とす。
二人のリンクが、この作品におけるエビの存在意義を証明しているような気がした。


【片瀬と寺田】
ギャーギャーギャー第5回公演『金盞花』自体は、片瀬の受賞会見に、優子の当時の恋人寺田が乱入してくるところから始まる。
怒りに任せて怒鳴り散らす寺田を片瀬は余裕の表情で抱き寄せると、こうささやいた。
「これ以上株を下げないでください」「あなたのですよ」「今、世間は僕の味方です」
自らの警戒色について間口に語り始めたり、四面楚歌のような記者会見でも取り繕うことなく挑む片瀬の姿からは、妙に己を客観視しているという印象を受ける。
しかし冷静に自分とその周囲を見ていても、優子の殺害については周囲の納得を得られる説明がなく、その妙なズレが彼の異常性をさらに色濃く感じさせた。

「注目を浴びるためならなんでもする」
そう語る片瀬の精神は、10年の時を経ても17歳のままなのではないかと思えてくる。
社会復帰の手段として作家の道を選び、そこで成功するために計算高く作品を書き上げた片瀬。しかも殺人をおかした元少年が小説を出版するというだけで注目度は高いのだから、それをも狙って小説の書き方を勉強したというのなら、もう彼の”注目”への執念は相当なものだ。
記者会見会場でフラッシュ音が鳴り響く中、寺田に「ありがとう」と投げかけたのも、”今以上に注目を集める材料となってくれてありがとう”の意に捉えられなくもない。

ちなみに小説の勉強をした、というのはアフタートークで明かされた部分。刑務所内には蔵書が多くあるそうで、片瀬はそこで小説を読み漁り、世間に受ける作品、審査員に受ける作品の傾向を自分のものにしたのだとお松さんから解説があった。
行動そのものは非常に難易度の高いことをやってのけているのにも関わらず、その行動理由はどこか幼い。
幼さに筋が通っているというのはとても恐ろしいことなのかもしれない。

そんな片瀬に苛立ちを隠せないのが、被害者優子の恋人だった寺田である。
殺人を犯したにも関わらず、たったの10年で出所。そして小説の執筆と賞の受賞。片瀬の現状と態度に納得していないのは明らかだった。
ただ適当に謝罪の言葉を並べられたくらいでは腹の虫が収まるはずのない寺田に、片瀬は「死ねってこと?」と涼しい顔で聞く。すると寺田は「そこまではせんでも」とどこか尻込みをしてみせる。
「申し訳なさそうに生きろ」「せめて俺よりは不幸であって欲しい」この絶妙な枷を要求する寺田からは、彼女の死を悼むのとはまた違った別のニュアンスも感じ取れる。
そして会話を重ねていくうち、片瀬に「なんや、嫉妬か」とはっきりと言葉にされ、そこで初めて自分の意思をきちんと表立たせている。
寺田は、恋人を殺されたことを片瀬に謝罪してほしいのではない。
自分には、恋人を殺害されたことで関係者の肩書きを10年…今後もずっと背負わなくてはならない事実がある。それなのにも関わらず、完全に解放されたような顔で再び人生を歩き始めた片瀬に、怒りに似たうらやましさを感じているようだった。


【寺田と雄二】
寺田が片瀬の記者会見に乗り込んだことを、大いに喜んだ人物がいる。
殺害された優子の、弟 雄二。姉の死から10年、未だ喪服を脱げずにいる。
それほどまでに姉を弔う気持ちが強いのは観客の同情を惹きつけるのにも十分で、遺族の会で片瀬の本を片手に、彼を許してはならないと訴えるシーンではその熱量に圧倒され、こちらも心苦しさを覚えるほどだった。

世間が注目するのは“元殺人犯がイクタガワ賞を受賞”という話題だけで、被害者や被害者家族への注目度はすっかり低い。
そのことに納得出来ないでいた雄二は、寺田の記者会見乱入で再び事件の話題が日の目を浴び、特に遺族の主張に世間の興味が向いたことを、大変喜んでいた。

トップニュースだとか、検索ワード1位だとか…姉の巻き込まれた事件にスポットが当たるのをうれしく思うのは分からなくもないが、それにしても喜びすぎじゃないか?というのが真っ先に出た個人的な感想。
私の中にある”遺族”の像は、悪目立ちを避けるイメージがあり、加害者に反省の意を強く求めることはあっても、ただ事件が注目されることに固執する遺族は少ないのではないかと感じたからである。
後にこの違和感が間違いではなく、実の狙いのさらなる恐ろしさに大変なショックを受けることになる。

姉の死を悼む心を忘れてはならないと、雄二は、週に一度スタバで寺田に優子の思い出を語るのが習慣になっていた。
この日は七五三の写真を持ち出し、その時の情景を事細かに寺田へ説明している。
当時は姉ちゃんが鳩に襲われて…という話から、姉を守ることが出来なかったと事件の話へ感情的になっていく。どうやらこれが彼のパターンのようだ。
ベンティーやカスタムなど、スタバの高いメニューの支払いを任された寺田のテンションは低いが、なりふり構わず店内で感情的になる雄二をなだめる様子からは面倒見のよさも窺える。
しかし雄二が事件について自分たちは「同じ遺族」「一緒っすよね」と振ると、寺田は「俺と雄二くんとじゃあ、ちょっと違うと思うけどな」と、尻すぼみになりながらも若干の否定をしてみせた。ところが雄二はこの寺田の僅かな主張に、ほとんど耳を貸さなかった。

事件が起こって月日が経たぬうちは悲しみも深い。しかしどんな事象も風化は止められない。
ましてや寺田の場合、優子との恋人関係は17歳当時のたった2週間である。
被害者の弟と2週間の恋人では、時の流れとともに熱量が変わってくるのも無理はない。
しかし雄二は寺田を「義兄さん」と呼び、家族及び同じ遺族であることを、どこか強要しているようだった。

実際、雄二と寺田の意識の差はあまりにも大きかった。
差以前に、雄二自身が遺族の心を忘れないでおこうとする本当の狙いは、すでに一般的な基準から外れたところにあったのだ。
姉の死を弔い続け喪服を脱がないでいる雄二は、いつのまにか”遺族”であることが絶対に己から切り離せないアイデンティティになっていた。
「遺族って最強なんですよ」
完全に怯えている寺田に対しても容赦なく、”遺族”の肩書がいかに素晴らしいものか熱弁する雄二の目は、恍惚とした様子に染まっている。
会社を休んでもいい、失敗をしても許される…「かわいそう」「気の毒だ」と気に留めてもらえる。
周囲の同情の視線が、彼の歓びになっていた。そして自分よりかわいそうは人が許せなかった。いつだって自分が一番かわいそうでなくてはならなかった。
遺族の会で姉の死と片瀬について熱弁を繰り広げ、浴びる拍手に震える雄二の表情は、アイデンティティが満たされた歓びと快感で恍惚としていた。

もっともっとと同情を欲する雄二は、嫌がる寺田を遺族の会へ連れてゆき、そこで姉の話をして周囲の注意を引くよう強要する。
しかしすでに雄二の異常性を察してしまった寺田はその場から逃げ出す。その寺田を追う雄二は、弔いの心を忘れないためだと10年間着続けた喪服のジャケットを、ついに脱ぎ捨てた。
姉の為だという建前を放り出し、彼はただ己の勝手なアイデンティティを満たすためだけに行動していた。ジャケットはその象徴だったのだろう。

このジャケットを脱ぐというシーンは本番の直前に決定したらしい。他の役者陣はこの変更を聞かされておらず、本番中に「脱いでるやん!」と若干の戸惑いもあったものの、結果的にはとてもよい演出だったねと言葉を交わしてた。
個人的にも、これは追加されて本当に良かったと思っている。この描写があることで、雄二が本来抱えていた行動目的が、何であったかを確信して見られたからである。


【雄二と片瀬】
記事の冒頭で、劇中キャラクターには内面に変化や成長はあまりないと述べたが、片瀬に関しては1つ大きな変化があった。前半はエメラルドグリーンの鮮やかなパンツを着用していた彼だが、後半にはそれが白になっている。
犯行当時の片瀬は赤黄緑紫などの派手な警戒色を纏っていた…という話のあと、間口は個人的にこんな質問をしている。
「今はその毒っていうのは・・・?」
黒いシャツ・白のパンツを示し、片瀬は「地味でしょ」と笑う。
「安心しました」と胸を撫で下ろす間口に、今度は片瀬が質問をした。
「一番派手な色って何やと思います?」
赤や原色系ではと答える間口に、片瀬は口元に笑みを浮かべながら、自らが思う正解を口にする。
「白と、黒ですよ」

片瀬がそれまで警戒色にしていた原色を捨て、白と黒が最もそれに相応しいと考えを変えたのには、雄二の喪服姿の影響が大きいのではないかと思う。
片瀬のサイン会に雄二が現れた際、その姿を一瞥し「喪服・・・」と馬鹿にしたように含み笑いをしているシーンがある。雄二はこれに対し「お前の葬式に出るためや」と反論しているが、片瀬はこの時点ですでに雄二が喪服であり続ける本当の狙いを察していたのかもしれない。寺田が自分に嫉妬心を抱いているのを見抜いたように。

雄二が人の気を引くために喪服を貫いているのだと察したとすると、片瀬は喪服が持つ白と黒のインパクトに着目をしたのではないかと考えられる。
注目を集めるため自身の背景も込みで考えた場合、今最も派手な色と言えるのは白と黒だったのだろう。自分がいいなと思ったものを素直に取り入れる様は、やはりどこか子どもじみているような気がした。

ジャケットを脱ぎ捨てた雄二から逃げる寺田の目の前に、片瀬が現れた。黒いシャツに白のパンツの片瀬。
白のシャツに黒のスラックス姿である雄二に怯えていた寺田は、同じ色を反対にまとった片瀬に出くわした途端、驚いて腰を抜かす。
「ややこしいかっこすんなや」
そこに、雄二が追いついた。

片瀬の処女作『カレンデュラ』は”元殺人犯が獄中で執筆した”にも関わらず、その内容は美しいファンタジーである。これもまた寺田の神経を逆撫でした要因の一つ。雄二も遺族の会で演説をする際にこの折に触れ、許し難いと熱弁をしている。
しかし片瀬は鉢合わせた雄二に、こんな提案をした。
――次回作は事件のことを書こうと思う。加害者と、遺族の目線から。作品発表の記者会見にも出て欲しい。だから協力しようではないか。
片瀬はこの時点で完全に、雄二の行動目的を見抜いている。遺族として注目を集めたいという、彼にとっての全ての行動目的を。

片瀬にとっても、2作目からはイクタガワ賞受賞作家という肩書があり、ハードルは高い。また、世間は”元殺人犯の書く小説”に、必ずしも興味を持ち続けるとは限らない。
そこで片瀬が考えた次なる注目の集め方は、満を持し、事件について自ら筆を取ることだった。
現状以上に10年前の事件がフューチャーされ、そこには”遺族”のことが描かれる…雄二にとってもこれ以上ない絶好の条件。
込み上げてくる笑みを隠そうともせず、雄二は片瀬にぜひ事件のことを書いてくれと同意を示した。

意気投合を始めた片瀬と雄二に、寺田は「俺から見たら、お前らなんか一緒や」と喚いている。
加害者と遺族、正反対に位置にいるはずの二人。
黒と白、白と黒…対の存在でありながらも、二人は同じ色に染まっていた。
そして二人は早くも3作目を見据えた話をしている。どんな事柄であっても風化を止めることは出来ないと、二人は知っているのだ。しかしそれは計算高くありながらも、まるで興味の風化を何より恐れているようで。
2作目で事件の話を書けば、10年前に関して注意を惹く材料はそれっきりである。姉の死から遺族であり続けた雄二も、さらなる肩書きを欲していた。
「新たな遺族が必要ですね」
片瀬と雄二の二人は傍で怯えている寺田を見据えると、にやりと笑みを浮かべた。


【間口と、お松脚本】
片瀬の担当編集を勤める間口という人物は、この作品の中では最も自立した存在で、誰の影響も受けていない。トークで「一番筋が通っているキャラクターは誰ですか」という問いに対し、お松さんが彼の名前を挙げていたのにも合点がいく。

お松さんの書いたお芝居を見たのは、これが3回目。つみぎと、オフ・オフ・ブロードウェイの4シーズンズと、今回の金盞花。
見てきた数はけして多いとは言えないが、この3作品全てに共通している演出がある。
物語の中盤に、突如ミュージカルの如く音楽が流れダンス…というよりかは、登場人物たちが行き交うダイジェスト的な表現を含んだシーンが入るのだ。
この演出が入るタイミングについて自分なりに考えてみたところ、登場人物たちが何か大きなことに巻き込まれたり、とにかくストーリーがひとつごろんと転がり始めるきっかけに用いられているのではないかと思い当たった。
今回の金盞花の場合は、間口の持ち掛けで寺田が本を執筆することになったのが、そこに当たる。

お松さんの描くキャラクターたちは、必ず当人たちなりの正義や一貫した筋があって、たとえ世間一般から外れたところにその筋があっても、彼らはそれを基に突き進んでいく。
だから話がどんなに後味の悪い形で終わってしまっても、「誰が憎い」とか「アイツがこうしていなければ」だとかはとても言いにくい。それぞれ自分の信念に従っただけだもんね・・・と感情がぐるぐるする。その感覚が好きだから、またこの人の作品を見たいと思える。
…それがダンスのシーンとどう関係あるのか、について。
観劇後のぐるぐるとした感情を、あえて誰かに責任転嫁するとしたら、誰が相応しいのかと考えたとき、そうだダンスのシーンに入るきっかけになった事象そのものを提案した人にしてみようと思いついた。
寺田に執筆の提案をしたのは間口・・・よし、間口を恨んでみようと。

間口は10年前の事件の加害者でもなければ、被害者でもない。
ただの片瀬の担当編集。しかし彼の言動にも、わずかながら違和感を覚えるシーンはあった。
片瀬や雄二の頭がおかしいのは見ての通りで、アフタートークでもそこに関する質問は多かった。けれど今更になって、間口という人物についてもっと知りたかったのかもしれないと思うようになった。

間口は寺田に、本を書いてみないかと持ちかける。被害者家族よりも、その恋人のほうが世間の注目は高いに違いないと寺田を説得、雄二の後押しもあって寺田は筆を取ることを決意する。
この時点で間口は本の話題性についてしか触れていない。寺田や雄二の立場になっての提案ではなく、あくまで売れ行き・話題性に重きを置いているようだった。

小学生時の絵日記程度しか文章を書いたことがなかった寺田の本は、その内容のなさから、恋人の死を売名に使ったと世間から非難を浴びる。あれほど片瀬の小説には夢中になっていたエビも、寺田の本は買う価値もないと怒り狂っている。
ネット上では寺田の個人情報まで拡散され始め、こんなことになるなら書かなければよかった、こんなはずじゃなかったのにと寺田は頭を抱えた。
しかしそんな寺田を尻目に、これは宣伝になるぞと興奮を抑えられないでいるのは、間口だった。

片瀬は「注目を浴びるためならなんでもする」と語っていたが、間口もその類いの人間であると言っても過言ではないと思う。
片瀬の小説が『カレンデュラ』であるのに対し、寺田の本は同じ花の名前『金盞花』。ただインパクト、注目度のためにこのタイトルを寺田に提案している。
この公演のタイトルが『カレンデュラ』ではなく『金盞花』であるのは、それだけこの本の出版が物語のターニングポイントであったことを示しているのではないだろうか。

片瀬のような狂気性はなくとも、彼もまた、自分が思い描く像へ近づくためならその過程で発生する犠牲やリスクを厭わない人間性なのかもしれない。
まだ狂気性がないおかげか、幾分かはまともな人間であると扱われる。なんだろうな、ずるい。ずるいぞ間口。


【被害者と元凶】
遺族であることがアイデンティティになっていた雄二。
彼がそこに固執するようになったのには、人格を形成していく中で必ずなにかしらの欠陥が発生したのだろうと考えた。いわゆる”飢え”である。
これについてもアフタートークでお松さんから解説が。
そもそも雄二の姉 優子は、近所でも目立った存在の人間で、雄二自身は「優子の弟」として認識されていることのほうが多かった。しかし優子が殺害されたことで周囲は、雄二個人を「気の毒に」と気に掛けるようになる。
これまで他者からの認知に飢えを感じていた雄二にとって、周囲の同情の視線は初めて手にしたアイデンティティだったのかもしれない。

優子はいわゆるサブカル女子で、また個性的であることを自覚し、それを自ら楽しんでいる節もあったのだろう。
あからさまに異彩を放っているものは放っておけず関わりたくなってしまう。関わっている自分が魅力的…そんな彼女の視界に入ったのが、当時警戒色を纏っていた片瀬だった。

己の毒について客観視をしていたり、他人を見抜く洞察力のある片瀬でも、優子の行動目的は理解しがたく、どう扱うべきだったのかも分からなかったのかもしれない。
自分とは全く違う生き方の優子が、無暗に距離を縮めようとしてくる様に片瀬は苛立ちを隠せず、殺害に至ったのではないだろうか。

優子は10年前の事件の被害者ではあるが、片瀬の殺人行動や、雄二のアイデンティティにまつわる異常性、そして寺田が強いられた”関係者”という立場…これらすべての始まりであるともいえる。

彼女もまた、この物語における「あいつがこうしていなければ」の候補である。


カレンデュラと金盞花】
ところでエビは片瀬の小説『カレンデュラ』のどこに惹かれ、そしてなぜ寺田の本『金盞花』には買う価値もないと判断したのか。
エビのキャラクターからして、彼は文法やストーリーがどうなどと小難しいことを気にするタイプとは思えない。彼なりに作品を見定めるときの独特の基準があるのかもしれない。
やはり、片瀬の作品からは警戒色の匂いがしたのだろうか。
片瀬自身はカレンデュラを執筆する際、審査員に受けるどうかを軸にして文章を紡いでいる。しかしそこには隠し切れない警戒色、毒の匂いが染み付いていて、それがエビにとっては魅力的で仕方のなかったのかもしれない。
そして寺田の、小学生の絵日記のような文章からは毒の匂いはしなかったのだろう。
だから彼は寺田の本を、買う価値がないと判断したのではないだろうか。

あえて事件のこととは全く異なるファンタジーを描いたのは、賞に狙いを定めたのと同時に、時間が経てば世間が自分への興味を失っていくことを見越し、そのとき再び注目を集めるために事件の話題を温存しておこうという考えがあったからではないのだろうか。そしてそこに雄二を巻き込むことが出来ると気づいた片瀬は雄二に話を持ちかけた。
片瀬の「注目を集めるためなら~」の発言は、彼のあらゆる行動理由を裏付けるのには十分すぎる表現だ。

また片瀬には自身の中で、自らをこう見せたいという像がある。
寺田が執筆した『金盞花』には、雄二とのスタバでの出来事が絵日記レベルで描かれているだけだが、片瀬はこれを読んだ感想として「3回泣きました」と述べている。
もちろんそれは嘘ではあるのだが、そう答えることで”変わった感性をしている”と気を引くためにアピールをしているのだと、ボケのような一言にもお松さんは解説をくれた。

片瀬の狙い通り「え?どこがですか?」と聞き返す間口。それに対し片瀬は「人生、ですかね」と答えた。確かに寺田の人生は、雄二ともに遺族の肩書を背負わざる得ないものになってしまっている。『金盞花』に綴られたスタバでの情景は、10年前を境に様変わりしてしまった寺田の人生を象徴しているようにも思えた。


【憶測と答え合わせ】
ラストシーンは、ヤドクガエルの毒にやられて命を落としたエビの葬儀会場。
遺影の前で泣き崩れているのは、喪服に身を包んだ雄二。縁もゆかりもなかったはずのエビを、遺族たちの前で親友と呼ぶ。
ひとしきりお悔やみを述べた雄二は、突然ぴたりと静かになるとゆっくりと顔を上げた。
「ところでわたくし、遺族の会というものを運営しておりまして…」
咲き乱れる金盞花を背に、笑みを浮かべる雄二。
エビの死すらも利用するその姿は、これからも続く”遺族”の連鎖を思わせる。かつての姉の死を、自らのアイデンティティにしてしまったように。

最後にして、最も疑問が残るのがここだった。直前の、片瀬との意気投合で雄二の止められない執着は十分表現されていたが、その後の寺田の安否に関しては多少の憶測が必要になっている。
「新たな遺族が必要」という言葉が、雄二自身をさらなる”遺族”として更新させるという意味ならば、雄二が「義兄さん」と呼ぶ寺田の死は、それを実現させるに最適である。
けれども、見た人によっては、必ずしも寺田が殺されたのだと思っていない人もいるはずだと予想している。寺田を演じた守谷さんは「遺族の会に入会させられたのでは?」と推測していたようで、私もどちらかというとそちら寄りの意見を持っていた。
その後すぐに「あれは殺されただろう」という大多数、そしてお松さんの発言があったため、前者が正解に近いことに間違いはないのだが。

しかしこのように、役者自身もその後どうなるのか知らされていない状態でその役を演じるというのは、不安感などのリアリティを追求する上ではとても効果的な手段であるといえる。
それにしても今回は脚本に余白が多かったので、公演後にトークライブで答え合わせが出来たのは、本当にありがたい試みであったなあと心の底から思った。

そのアフタートークでは、客からだけでなく、演者からも脚本についての質問が度々あった。例えば「雄二のような遺族が実在すると思ってこのキャラクターを書いたのか、ただ異常性を描くために作り出したキャラクターなのか」という山名さんの質問。それに対しお松さんは「実際にいると思う」と答えている。
作品の傾向だけでなく、中の人たちの物事の捉え方についても知ることが出来る、大変興味深い数時間だった。


【他雑記(後日追記するかも)】
17歳の片瀬はもちろんだが、その家族にも支払い能力がなく、優子の遺族には賠償金が一切支払われていない。片瀬は一体どれくらいの生活水準にいたのか。そしてそれが片瀬の人格形成に影響した可能性はあるのか。
…ここまで掘り下げてしまうとキャラクターをあまりにも現実的に捉えすぎて話を楽しめなくなるので、今はこの段階にとどめておこうと思う。しかしこれに関してもお松さんの中で答えがあるようなら、非常に興味深い部分ではある。
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前々回の『亀触った奴は黙ってろ!!』の際、”酒井さんは実際の立ち位置と目線・発声の距離感が若干ちぐはぐなので、それが活かされる役があれば”という旨を感想の中に綴っていた。
まさに今回の雄二という役は、その距離感のちぐはぐがぴったりハマっていたと思う。相手の目を捉えているようで心的な目線が合っておらず、自分の思いの丈だけをひたすらに語るところが。
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ギャーギャーギャーのメンバーの選出について、お客さんから質問があった。
お松さんの説明によると、社員さんがお松さんに芝居をやってみないかと持ちかけたのが始まり。その時点で社員さんの推薦があった守谷さんは確定。あとの3人(山名さん/近藤さん/ナターシャさん)は、お松さん自身が一緒に芝居をしてみたいと思った人たち。決して演技力・表現力がどうといった基準で選んだわけではないらしい。
後に色々な人から言われるようになった言葉で、お松さんもいいなと思い使っているのは、”色気”のある人たち。

ナターシャさんが上京に伴って一旦メンバーから抜けることになった際には、5人で新たなメンバーを決めたそう。候補にあがった若手芸人は計10名前後。しかし酒井さんの名前が挙がった途端に、その10人は候補から消えた。
ナターシャさんの演技が大好きらしいお松さんでもきっと気に入るはずだと、他の4人が酒井さんを推薦し、第三回公演からは酒井さんが舞台に立つことに。

これは独り言のようなものだが、確かにお松さんのナターシャ大好き度は結構なものだと思う。演者として本当に信頼しているという点で。会話の端々からそれがにじみ出ている。
私自身、『つみぎ』でナターシャさん演じる正三が見せた、無自覚で無邪気な狂気は未だに忘れられないし、どうしてもっと早く知っておかなかったのだろうとずっと後悔をしている。第一回公演の『ロマンチック』も見たかった…!

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序盤から会話のところどころにわずかな違和感たちが紛れていて、ストーリーを掴んだ2回目からは、ここにも綻びがあったのか!と感心させられてばかり。
あちこちにある微量の違和感をちまちま拾っていくのが楽しかった。
ただ1回目も2回目も、それらを噛み砕いている最中にいつのまにかラストシーンに辿り着いていて、待って待ってと焦りが生じた。しかしそれは登場人物たちの止められない行動目的を体現しているようで、却ってよかったのではないかとも思う。

何度も見返して噛み砕いて…が出来る作品とはなかなか出会えない中、ここまで考えられたのは本当に楽しかった。つみぎから1年とちょっと、またギャーギャーギャーの公演でお松さんの脚本演出を見られたのはやはりうれしい。

これから先も、このギャーギャーギャーという演劇ユニットのことは、ほぼ宗教レベルで大好きなのだろうと思う。それよりもまず、お松さんの脚本演出が好きすぎる。お松さんの頭の中には、キャラクターそれぞれの背景まできちんと描かれているところが。

今回もそれらを確信した公演でした。

ご意見ご感想ございましたら遠慮なく。
長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。


個人的に1番好きなオフショット写真

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2014年10月4日「ギャーギャーギャー第4回公演『あいつ風邪ひいたっていうてたはずやのに』」






ストーリーの概要がある程度伝わるか伝わらないかくらいの自己満足なレポートと感想がひたすらに続きます。

個人的見解や無駄に詳細なレポートに苦手意識のある方は、どうぞ閲覧をご遠慮くださいませ。




























要求されたものをそのまま提供するのが、果たして本当の優しさなのか。
「お金が欲しい」と言われたら、お金をあげるのか。
「殺してほしい」と言われたら、殺してあげるのか。

“してあげる”が、優しさ?

どこか鼻につく表現。
この作品を見て、なおさらそう思うようになった。






ホームレスの自立支援団体ネクストに所属する山下(ジソンシン酒井)は、その上司河本(アキナ山名)の指導を受けながら、精力的に活動を行っていた。
山下が活動をする公園に住む、”社長”(守谷日和)と”セールス”(ビーフケーキ近藤)は大の仲良し。時には口喧嘩をしながらも、毎日顔を合わせては楽しそうにしている。
二人は山下のことを、親しみを込めてなのか”炊き出し”と呼び、山下もそれを笑顔で受け入れていた。

“社長””セールス”という呼び名は、それぞれの前職を指している。
社長は小さな町工場の社長を務めていた。しかし経営が傾き会社は倒産、妻と子どもとも離れ、社長は独り身に。金も身寄りもない社長はやがてホームレスとなり、現在の公園に住むようになった。
ある日社長はセールスに、自分の会社が潰れるきっかけとなった当時の愛人に復讐しようと思うと計画を語り始める。まずその元愛人を見つけるには資金が必要である。セールスは一緒になってその資金集めに精を出す。
ところが肝心の社長は来る日も来る日も公園のベンチでぼーっとしているだけである。いよいよ腹を立てたセールスは社長に飛び蹴りをかまして怒りを露わにするが、どうも社長の様子がおかしいことに気がつく。社長は以前からの持病が悪化し、酷く体調を崩していた。
ちょうどそこに現れた山下は社長を病院へ連れて行こうとする。しかし保険証を持っていないことを理由に、社長どころかセールスも病院行きに難色を示す。それでもなんとか社長を病院へ連れて行った山下は、そこで現実社会と自分の理想の差に愕然とする。
身なりも汚く、保険証を持たないホームレスを前に、医者(帽子屋お松)は顔を歪めていた。診察すらしようとせず、ただただ追い返そうとする医者に山下は食ってかかるも、社長とセールスは最初から分かっていたことだと完全に諦めている様子。
なんとか解熱剤は処方してもらえたものの、それ以上に心に与えられたダメージは大きい。自分の懸命な行いが、返って社長とセールスを傷つけてしまったことに酷く落ち込む山下は、河本にこう洩らした。

「僕が差し伸べた手は人を不幸にする」

山下は以前にも似たような経験をしていた。
深夜の駅のホーム、当時の山下が出会ったのは、脚を酷く痛めたホームレス(帽子屋お松)。
一昨日から何も食べていないと話す彼に、山下は持っていたリンゴを差し出す。するとホームレスは青森にある実家を思い出し、そこでの記憶を楽しげに語り始める。
そして「実家に帰ってみようかな」と新たな1歩を見つけた様子のホームレスに、山下は安心してその場から立ち去った。
しかし残されたホームレスの耳には、そこにいるはずのない父、弟、そして母の声で自分への罵倒が聞こえてくる。いよいよ幻聴か現実か分からなくなった彼は、同じく幻覚か現実か分からない父の形をしたそれが指差す方へ、脚を引きずり向かっていく。そして悲惨な絶叫と共に、彼は自ら命を絶った。

「あのとき僕が声をかけていなければ」
山下は、自分の行動が彼を最悪な結果へ導いてしまったのではないかと、今でも強く後悔していたのだった。


社長は離れた妻と離婚の手続きをしていない。家族にこれ以上迷惑をかけられないと思い立った社長は、自ら家を飛び出していたのである。現在の暮らしぶりは生活保護を受ける条件として不足はない。しかし未だ籍を置いている妻に迷惑がかかることを恐れ、社長は生活保護の申請を出せないでいたのだ。
解熱剤が効いたのか、少しは体調がよくなった様子の社長。
しかし病気で弱くなった心はそう簡単には戻らない。先日の医者の態度を以て改めて現実を突き付けられた社長の心は、弱っていく一方だった。
金があり、家があり、家族がいたことを思い出し、社長は泣く。本当によく出来た嫁だったと、妻を想い泣く。女遊びが絶えず毎晩のように飲み歩いていた社長を咎めもせず、飲んで帰ると必ず用意されていたお茶漬けとお漬物。一度たりとも手を付けなかった社長だったが、今思い出すのはお漬物の種類がいつも違っていたこと。
あんなにも愛されていたのに。そしてまた社長は泣く。

風邪をひいたと言って早退したはずの山下が、弱った社長の前にいる。社長は自分の愚かさを悔やんでか、泣きながら山下に「殺してくれ」と懇願する。
社長が身につけているのは、社長時代大切に着ていた一張羅の作業着。元愛人に復讐するのだと、セールスに息巻いていたときにも着用していたそれを、社長は肌身離さず大事に守ってきた。その一張羅が今、死装束に成り代わっていた。
山下は黙って社長の話を聞いていた。そして社長は懇願する「殺してくれ」。
山下がこのとき何を感じていたのかはこれっぽっちも分からない。ただ山下が社長の首に手をかけるまでの長い沈黙に、情報が山のように詰まっていた。
山下が指に力を込め、社長の首が次第に締め付けられていく。

セールスが、山下を突き飛ばした。空気を一気に吸い込んだ社長が盛大に咳き込んでいる。
山下に馬乗りになり、なぜ殺そうとしたのかと激怒し問うセールス。
「殺してくれと言われたから…これで社長さんが幸せになるなら…」どこか虚ろな目でそう絞り出す山下に、セールスはさらに激昂する「俺の幸せどうなるねん!」「俺の友達奪わんといてくれ…」そしてセールスは続ける「俺たちを見下すな」と。
要求されたものを与え、さも同じ目線であるかのように接する。同じ目線に立つ?その発想がまず見下しているということではないのか。”してあげる”は、必ずしも優しさと言えない。それは与える側の、自己満足のようなものなのではないか。
セールスの言葉に目を覚ました山下は「僕は今から僕のやりたいようにします。そしてそれは、あなたの望んでいることとは反対のことです」そう宣言すると、山下は社長を再び病院へ連れ込んだ。
自分の行いが自己満足からなることだと受け入れた山下は、自らそれを宣言し、実行に移す。人の為にだとか、そんな言い訳を彼は辞めたのだ。

山下が治療費を立て替えたおかげで薬が手に入り、体調も回復した社長は毎月数百円ずつ山下に返す約束になっていた。しかしなかなかその約束通りには進んでいない様子の返済。
山下は社長を咎めるわけでもなく見逃すわけでもなく、「もう」と一言笑った。
「それでええんか」と声を荒げるセールス。それでも、元気になった社長を前に、どこかうれしそうな素振りは隠せていない。

唐突に山下は「昨日夢を見たんです」と話す。それはみんなで一緒にご飯を食べる夢。
山下の部屋で、みんなが笑顔で食卓を囲む夢。
それを語る山下はとても幸せそうだった。




終演後に思ったのは、同じく山名さんが作演出を務めたBAMY3に通ずるものがあるな、と。
(BAMY3については別記事で確認いただければ幸いです)
物語冒頭、社長とセールスの罵り合いから伝わってくる二人の仲の良さはまるでガンちゃんとラリーさんみたいだし、手の差し伸べ方を間違っていたと気づく山下は秋山くんのようで。
全くの別作品なのにこじつけみたいに関連させるのは失礼かもしれませんが、でもこれが山名さんの描く人間模様なんだなって思って。
山名さんに興味が惹かれたのはあのBAMY3のお話がきっかけだったし、そういうのをまた見たいと強く思っていたので、それが叶って本当にうれしかったんです。
様々な形のハンデと優しさをそれぞれが抱えていて、それらがわずかに反応しあっている繊細なお話。
そういった繊細な人間模様はアキナのコントにも垣間見ることが出来ますが、ここまでクローズアップされたものを見る機会はそうないです。
だから見せつけられるたびにどんどん惹かれて、本当にズルいなあと思います。笑

これは同じ公演を見た友人がよく口にしていた言葉なのですが、「炊き出し(山下)、お前の幸せはなんやねん」と。
確かに。言われてみて初めて気が付きました。山下にとっての幸せって一体なんなのか。
山下は「みんなに幸せになってほしい」と言う。でも、そこに自分の幸せは含まれているのか。
みんなが幸せになることが、彼にとっての幸せ?
でも他人の幸せのために自己を犠牲して、それでも自分は幸せだと心からの笑顔で言えるのか。
ここまで考える必要があるのかどうかは分かりません。本当は考えないほうがいいのかもしれない。描かれた部分だけを感じ取って、余韻に浸ればいいのかもしれない。でも考えちゃう。
炊き出しくんの幸せって、一体なんなんでしょうね。


私は「頑張れ」という言葉が嫌いです。
一見すると励ましや応援の言葉のようだけど、ものすごく無責任で他人事のような、そんな印象を受けます。 すでに一生懸命やっている人に「頑張れ」なんてなおさら言えない。「今以上に頑張れ」なんてとてつもなく酷だ。

それと、「してあげる」という表現もすごく嫌いです。だって明らかに上から目線。
「あげる」与える人間と与えられる人間の間には、それだけで上下関係が成立してしまう。
上下関係の下に成り立つ優しさなんて、それは与える側の自己満足のようで。


この作品がここまで言いたかったのか、そもそもメッセージ性を持たせたかったのか、それは分かりません。
こちらが勝手に暴走して理屈っぽいことを書き並べているだけです。

それでも私はこの作品を観て以上のことを強く感じたなと、その現象自体を忘れたくなくて、改めて筆を取りました。もしかしたら少しでも共感してくれる、興味を持ってくれる方がいらっしゃるんじゃないか、そんな希望も抱きながら。

ご意見ご感想などもいただけると幸いです。

最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

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2014年8月4日「男性ブランコ単独ライブ『立ち漕ぎ』」



男性ブランコ、初の1時間単独。

前日まで、同日ZAZAHOUSEで行われる"ZAプラン9"とかなり悩みました…

気になるライブの日時が被るのは辛いです。笑

でも行ってよかったー!!

































おそらく大丈夫かとは思いますが、念のためネタバレ注意です。
閲覧は自己責任でお願いいたします。


また今回から文章をかなりラフに書き並べていますので、実際にご覧になった方にしか分からないような内容になっているかもしれません。
あくまで自分用の感覚で書いてあります。ご了承ください。

あとコントやVTRのタイトルはこちらで勝手につけています。

























【プロローグ】
縦書きの台本が画面の右から左へと流れていく。
台本通りにセリフを言い放っている男性ブランコ。

公園にブランコはいらないといった主張をする平井さん。


【オープニングVTR】
”男性ブランコ というコンビ名”
”その公園にブランコはなかった というフレーズ”

くるくる躍り出てくるテロップ


【コント】紙芝居
おじいさんの平井さんに続いて出てきた浦井さんのおばあさん姿に笑いが起きる。
たぶん似合いすぎていたんだと思う。

今の5upであのハゲカツラ(サイドに白髪がもっさり生えてるやつ)が一番似合うのは間違いなく平井さん。
後半、膝と腰が確実に辛そうな浦井さん。


【VTR】
紙芝居を見ていた子どもたちの動向。
小学生スタイルで公園中を走り回る男性ブランコかわいい。


【コント】タッパー
気持ちのいい「あーふー♪」
音響さん殺しのコントだったかもしれない。
\ウ ル ト ラ ソ ゥ!/\ハァイ!!/


【VTR】タッパー神経衰弱
『○』『×』『BGM』と書かれたタッパーと、同じ型の9つのタッパー。
開くとそれぞれ音が鳴り、一つを除いてペアになる。
浦井さん平井さんは腕だけ出演で声を当てている。それぞれ手の甲に名札。


【コント】モザイク
公園で飲んでいる大学生2人。
序盤と後半でモザイクの物理的な扱いに関してちぐはぐでちょっぴりもやもや。
切り離して全く別のコントにした上で仕上げたら、どっちもおもしろくなるんじゃないかなあって思いました。
「居心地はええ」「居心地はええ」


【VTR】モザイクイズ
モザイクを徐々に解除していくとカバと爆ノ介が登場。
公園で祝い芸。


【コント】自転車でコンビニまでお菓子を買いに
照明で自転車の疾走感を出していたのがすごく印象的。
エフェクトマシン(て名前だった気がする。模様がくるくる回る照明機材)を袖から鋭角に射して、景色がびゅんびゅん過ぎていくのを表現。
照明機材と画面があってなりたつコントだから、なかなか見る機会なさそう…一番好きなコント。

タッパーのときも思ったけれど、舞台上をせかせかと走り回る平井さんは無駄がなくてなんだかすごくいい。
たぶん無駄がない上でデフォルメが効いているからいいんだと思う。


【VTR】昆虫博士のウスバ(?)教授
ミヤマカラスアゲハ…ではなく、蛾。


【コント】蛾
蛾は光に集まる。ハゲ頭だって光みたいなもの。


【VTR】モザイクイズ2
蛾。意外と出番が多い蛾。


【コント】水田マリ
水たまりの世界に落ちた小学生(浦井さん)とそこの住民・水田マリ(平井さん)
確かに不細工かもしれないけどなんか愛嬌があって憎めない女装姿の平井さん。

ぽちゃんぽちゃんという雨音があらゆるスピーカーを駆使して四方八方から聞こえてくるので、臨場感がたっぷり。
客席も水たまりの世界包まれたかのような感覚。青い照明がきれい。
現実と水たまりの世界でホリ幕を開閉+照明の色の効果で、視界的にも全く違う世界。


【エンディングVTR】
ひたすら立ち漕ぎしてる男性ブランコ。
立ち漕ぎの体勢から飛び降りってこわくないのかな。すごいな。


【エピローグ】
縦書きの台本が画面の左から右へと流れていく。
台本通りにセリフを言い放っている男性ブランコ。

公園にブランコをつくろうと意見が合致するふたり。

一度暗転。
舞台奥の黒幕の裏から照明を当てると、浮かび上がったのは巨大ブランコ。
公園にブランコが立ったようだ。






台本を反対読みすると、意味が反対になって通る仕掛け。
ある程度ベースみたいなのはあるかもしれないけど、そういう仕掛けを舞台の始めと終わりに入れようという発想が素敵だなと思いました。
お笑いだけど、60分のライブを通して一つのお話を見せて頂いた気分です。

コントひとつひとつにもこの話に纏わる言葉やアイテムが伏線的に紛れていて、再確認という意味で全編もう一度見たいです。

あと全編通して音響も照明も凝りまくりで、そちらへの感動の方が大きかったくらいです。
舞台袖からの照明も多く、吊り照明も普段はあまり使わないであろうものまで活用されていて、見ていてわくわくしました。
音の出どころを左右に振るだけで臨場感も増しますし、とにかく舞台効果を駆使しまくったのだろうと。

さすが演劇サークル出身だなって思いました。

そして機材や舞台装置に凝れば凝るほど設置も大変でしょうから、たった15分でそれらを済ませるのは至難の業だろうと思います。
開場が大幅に押したのもその影響かと。
ホント、スタッフさん方に怪我がないことを祈ります><
万が一、吊り照明が落ちてきて直撃した場合、最悪死ぬので。



舞台のすみずみまで出来る限りのこだわりが詰まっていて、様々な意味で見応えたっぷりの単独ライブでした!
もっともっと回数を重ねて洗練されていくのがめちゃくちゃ楽しみですー!!

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2014年7月25日『アキナinNGK』



発表から約2カ月半、ついにこの日がやってきました。

インタビュー記事で「一冊の本のような」とおっしゃっていたので、その真相が気になってなおさら楽しみにしていました。




























アキナinNGK

――

【漫才】高校野球
あいさつも含めつつの漫才。
コンビ結成から1年9ヶ月でのNGK単独は史上最短なんですねー!
その次がモンスターエンジンの2年と…何か月だったかな?←
どちらもトリオからコンビになっての偉業で、すごいなと思いました。

ネタの内容は、既存のネタを色々組み替えたような感じ。
やはりキャプテンの言葉の件(くだり)で、山名さんが暴走してボケ連発するところがすごく好きです。
ラストに持って来る「優しい言葉シリーズ」(勝手に命名)は初めて聞いたフレーズでした。


【VTR】オープニング
いわゆるウラ難波的な路地を歩く二人をコマ送りで。
写真の優しい色合いとお二人の表情に、こちらの頬もゆるみました。


【VTR】『プロローグ』
とある古本屋さんにやってきた秋山少年(中高生くらい)は店長らしきおじさん(山名さん)に、読書感想文に適した本はどこにあるのかと聞く。
おじさんが指さした棚を物色していると、秋山少年はとある本に目をつけ手にとった。
その本を開いてみると、ページは全て白紙である。

この白紙ページに毎回各コントのタイトルが浮かび上がり、暗転を挟んだのちにコントがスタートします。


【コント】『僕が行く。いや、俺が行く』
秋山さんの第一声「デカ長大変です!」がめちゃくちゃきれいにすぱーんと響いて、一気に緊張感が走りました。
その後の展開も緊張感あふれる間合いとスピードがとても大事だったので、ものすごく入り込みやすかったです。
水面下で繰り広げられる心理戦の中、たまにやってくる沈黙と、その後の言葉の掛け合いがものすごく面白かったです。

第三者の「木下」を呼び間違えた山名さん…w
別のコントで出てくる「木村」と間違えたっぽい。


【スライドショー】
先ほどのコントのその後で各キャラクターが見せる表情をお届け。
ex)葬式で強烈な眠気に襲われて耐えている表情etc


【コント】『海沿いで生まれたからさ』
海沿いで生まれたからと、世間のもの(コーラやポテチ)を知らない山ちゃんと、それ付き合う友人の秋ちゃん。
秋ちゃんにとっては聞きなれない、海沿い独特の比喩表現やことわざを使いこなす山ちゃん。
…しかし、山ちゃんにある疑惑が浮上する。

どこかまた別の機会でこれの真相編などが見られたらいいのにな、と思いました。
山ちゃんの身に昔なにが起こったのか気になって仕方ないのですw


【スライドショー】山名文和のIt’s a small world
中学2年生の修学旅行でディズニーランドに行った記憶をたよりに、山名さんがディズニーキャラクターたちを描いてみた。
おたふくみたいなミニーちゃんと、山名さんそっくりの糸目なプリンセスたちがものすごく面白かったですw


【コント】『「命」に差はあるのかもしれない』
卒業単独で披露したコント「リトルバードとビックスター」の改訂版。
2月に見た時点では、あの単独の中では一番好きだけどオチだけちょっとだけ損してるような印象だったのですが、それが秋山さんのすぱーーんとしたセリフで終わったので、個人的にはすごく心地よかったです。
そしてやはり、山名さんが淡々とした口調で、鳥の価値を否定していくところがたまらなく好きです。


【VTR】
先ほどのコントで秋山さんが飼っていた鳥とその仲間の鳥の会話。
画面には、同じ鳥かごに入れられた2羽(レプリカ)がひたすら映し出されています。
声はもちろん秋山さんと山名さん。
基本ローテンションで人間臭いリアルな会話をしていく中、たまに本気の仕事をしてくれるカメラワークで何度も笑いました。
レリゴーに乗っかっておくならもう今年の夏しかないですね。


【コント】『もし良かったらやってみないか?』
いじめられっこの賢坊(秋山さん)をいつも助けてくれる三郎兄ちゃん(山名さん)
三郎兄ちゃんの強さの秘密はその習い事にあるらしく、賢坊も始めてみたらどうだと三郎兄ちゃんが誘いをかける。
しかし月謝や時間を心配し渋る賢坊。
そこで三郎兄ちゃんはその心配を解消してくれる、さまざまなオプションについて語りだす。

聞いたことがあるけど一体なんのオマージュなのか、現状適切な表現が見当たりません。
進研ゼミの勧誘文句や、テレビショッピング・ラジオショッピングのテンションが混ざり合った感じでしょうか…。

あとアキナの単独には、ダンスが必ず入っているものなのでしょうか。笑
「「海人見つけて回し蹴り♪」」
意外にも秋山さんのほうがステップ危なげでしたw
歌い踊るときの山名さん、本当にいい笑顔だったな…。


【VTR】入塾学力テスト
秋山さんの学力を計る。
個人的に衝撃的だったものをいくつか。
吾輩は猫である。名は「タマ」
・2の6乗→「12」
・Hzを「エイチツー」と読む(zと2を見間違う)
・生類憐みの令の説明
・take off!→降りる
リア充はなんの略か→「リアル充電」
――
国語も数学も科学も歴史も英語も、さらには若者言葉(?)まで見事に不正解でした。
VTRの最後に、全て回答し終えた秋山さんがペンをぺちんと置いて、「できたっ」と言ったのが収められていて、それがものすごくかわいかったです←


【コント】『さすが小説家さん、表現の仕方が素晴らしい』
殺人事件の真相を握っているであろう小説家・山名に、事情を聞きにやって来た刑事の秋山。
自殺を図っていた山名をなんとかとめ、事件の真相を聞き出そうとする。
自分と恋仲にあった女性、それにまつわる今回の被害者の実態について、口早に真実を語る山名であったが、その言葉は小説家独特で…。

個人的にええな!て惹かれたのは、ふとした瞬間の秋山さんの演技。
リアリティを出すのに必要な動作を絶対に省略しないんだあと思いました。
でもたぶんそれは無意識的にやってるだろうから、なおさらええな!て思ったのです。

山名さんのセリフ全体が独特の比喩表現で内容が濃かったので、何度でも見たくなるコントでした。
たぶんこれならいろんな舞台で出来るはず…!また見たい!!


【VTR】秋山巡査部長の事件報告書
先ほどの小説家の供述内容をまとめた報告書を書く秋山巡査部長。
秋山さんの声と、それに合わせて画面に映し出された報告書の紙が文字で埋まっていきます。
報告内容だけでなく、巡査部長のちょっぴりおばかで適当な独り言などが面白かったです。
後半は素の秋山さんに近づけたのだろうなあ。笑

【コント】『西のハイエナがこの森に向かっている』
これは!舞台装置(セット)がすごかったです!!
2メートルほどの岩の上に森の王者(山名さん)が腰を下ろし、それを取り囲む森の動物たち(リアルな動物の背中が描かれたパネル…とタヌキ役の秋山さん)。
わずか数十頭の森の動物たちで、西から向かって来ているというハイエナ100万(?)頭を迎え撃つにはそれぞれがどう立ち向かうべきか、森の王者がその作戦を皆に指示を出し始める。

セットがすごいし、秋山さんのタヌキメイクめっちゃおもしろいし、オチでまさかの暗転ミスあったしで、いろんな意味でインパクト大のコントでした。
あの規模のセットは大きな会場でしか出来ない。


【VTR】どっちが劣っているか決めよう
森の会議に呼んでもらえなかったウサギ(山名さん)とリス(秋山さん)が、どちらが劣っているかを競うゲーム。
ちなみにお二人とももふもふの衣装でした。

ゲームの内容は、ガラケーの頭を交互に押して行って、携帯が自力でぱたんと閉まってしまったほうが負け。
番犬バウワウみたいな感じですかね。
結果は秋山さんのターンで閉まってしまい、山名さんの勝利!
でも携帯のマイク辺りを押さえていたのは山名さんなので、指が挟まっていましたw

罰ゲームは、秋山さんの腹毛焼き。
5月の漫才単独のとき同様、チャッカマンを手にした山名さんはピロートークの如き添い寝。
この企画は、綿(めん)と共に毛が焼け滅び、その熱さに悶える秋山さんのリアクションもさることながら、着火しておきながらものすごい勢いでごろごろごろ!と転がっていく山名さんのほうが面白くて注目してしまいますw
そしてまた露わになるヘソのホクロ。


【コント】『追い回すので、ほんま大変ですね』
田舎で農業を営んでいる名村さん(山名さん)と若者(名前忘れた)(秋山さん)
無農薬で野菜を作っている名村さんの畑には、たびたび野生の動物たちがやってくる。
先日も畑に忍び込んでいたイノシシを蹴って退治したという名村さん。
すると若者が、自らが飼っている犬にまつわる話を、名村さんに尋ね始める。

前半はしょんぼり名村さんがかわいいなあって印象だったのですが、最後のほうは秋山さんがひたすら暴言を吐きまくるので、怒りの感情を表立たせている秋山さんはちょっと新鮮で面白かったです。
本当は、最後は二人乗りではける段取りだったのかなあ。
秋山さんが山名さんを引きずっている方が格段に面白かったので結果的にはよかったのですがw


【VTR】名村さんタイムショック
名村さんのパーソナルに関する問題。
得意技が前蹴りだったりタイピングだったりしたのは、確実に山名さん自身の特技なんだろうなあ。笑
質問に答えていく名村さんがひたすらにかわいかったです。


【コント】『ずっと友達でいたいからさ』
兄弟が多くバイト代を家に入れている山名さんと、バイクを所有しおしゃれでかっこいい秋山さんは、大学の友人。
山名さんが登場した時点で待ってました!みたいな笑いが起きていたので、以前からあるネタみたいですね。

根っからダサくて手の付けようがない上にセコいことを言い出す山名さんですが、なぜか憎めないようなキャラクターでした。
絶対に幸せになってほしい、あのキャラには。笑


【VTR】欲しいものノート
先ほどのコントで出てきた山名さんのキャラクターが欲しいものを書き並べたノート。
スケールが大きいのか小さいのかよく分からなくて、その夢の自由度が子どものようでかわいらしかったです。


【コント】『エピローグ』
秋山少年の楽しみは、公園に住むおじさん(山名さん)に、本を読み聞かせもらうこと。
最近ではおじさんから聞いた話を学校でするとクラスメイトが興味を示してくれるようになり、友達も出来た様子。
しかし秋山少年はおじさんとすごす時間が大好きで、学校帰りには必ず公園に遊びに来ていた。
ものすごいボリュームでぼっさぼさのかつらを被った山名さんはホームレス役。
懐から『Diary』と書かれた白い本を出し、秋山少年に様々な物語を読み聞かせていた。
しかし本の中身は秋山少年に絶対に見せようとはしない。

2人は会話の端々に、私たちにも聞き覚えのある言葉遊びやボケを挟んでは笑っている。
今まで見てきたコントこそが、このおじさんが少年に読み聞かせてきた物語だったのです。

ある日、日が暮れてから公園を訪れた秋山少年だが、おじさんの姿はなく他のホームレスたちの姿や家もなくなっていた。
公園のテントなどは行政に強制撤去され、そこにいた人たちもみなどこかへ行ってしまったのだった。
秋山少年はふと、おじさんが持ち歩いていたあの本を見つけ、手に取った。
初めて自ら開いたその本の中身は、白紙。
今までおじさんが読み聞かせてくれていたものだと思っていた秋山少年がその事実に驚いていると、遅い帰りを心配した母親(山名さん)が公園に迎えにやってきた。
秋山少年が手に持っていた本を取り上げると母親はそれを公園のゴミ箱に投げ入れた。
自分にとっては大切なものであった本を投げ捨てた母親に「ぶすー!」と叫ぶと、秋山少年は母親の元から走って去っていった。


【VTR】『エンドロール』
エンドロールが流れる横でVTRも。
場面は再びオープニングの古本屋。
あれから数年経ち学ラン姿の秋山少年は、古本屋で再びあの白紙の本『Diary』を開いていたのだった。
白紙のページに浮かび上がるコントタイトルの文字は、秋山少年にしか見えない物語の世界。

レジで白紙の本を買おうとすると店長のおじさん(山名さん)は、こんな本を売ったら店の評判が下がると言ってなかなか売ろうとはしてくれない。
秋山少年と店長さんの押し問答で物語は幕を閉じた。


【エンディング】
最後のエピローグの衣装のまま登場したおふたり。
柄々でぺらぺらの、若干ヤンママ臭のするおかん姿の山名さんと、半ズボン姿の秋山さん。

この日開演前に200枚限定で販売されていたサイン入りポスター。
あと100枚ほどあるのでぜひ買ってください、とのことでした。
余ってるやん…w
終演後のロビーでも売れてはいる様子でしたが、最終的どうなったのか気になります。笑
ちなみに買いました。
だってスタッフのお兄さんがすごい頑張って宣伝してたから…。

その終演後のロビーでは、劇中で使用した小道具やセットを公開。
インコにはきちんと包帯が巻かれていました。

そしてDiaryのプレゼント!
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中身はパンフレットのように、今回のコントタイトルとそれぞれに対する秋山少年の感想が綴られています。
これについては後日アキナの話にてお話しされていたので、そちらでちらっと触れようと思います。出来たら。



コント尽くしだった今回のNGKでの単独ライブ。
本当にお二人がコントを大好きなのが伝わってきたし、ブリッジやおみやげのパンフレットも含めてお客さんを楽しませよう喜ばせようという気持ちが隅々にはまで張り巡らされていて、生の舞台を見に行くってやっぱり大事だなって改めて思いました。
作り手の熱量が直に伝わってくるから。
衣装のチョイスも絶妙で好き。

今までアキナは漫才のほうがおもしろいと思っていたのも、大いに覆された気分です。
アキナを知ったきっかけが漫才で、その後初めて見に行った単独のコントが結構やわやわだったから、コントに関してはあんまり好きになれないなあって思っていたのに。
今回の単独ライブを通して、アキナのコントも応援していきたいなって心の底から思いました。



2014年6月26日(7月1日)「ビーフケーキ近藤企画『F山団地』」




主に言い切りの形で終わっている文章が概要・状況の説明で、「ですます」調の文章がゲスト陣の反応や自分自身の感想などです。

その違いをなんとなく意識しながら読み進めていただければ、芝居と企画の差異が明確になるかと思われます。


































F山団地

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【芝居メンバー】
エノ ツバサ  川口さん(てんしとあくま)
エノ ランコ  ななえさん(プリンストン)
エノ ハネコ  山口さん(ロシアン生まれ)
エノ ウメノリ 畠山さん(シチガツ)
アメリカちゃん 白井さん(トリプルスペイン)

エノシタ 浦井さん(男性ブランコ)
セカイ  辻井さん(アイロンヘッド)

【エキストラ】
郵便配達員 近藤さん(ビーフケーキ)


【企画メンバー(1日目)】
ノノハラ ヒロシ   奥田さん(学天即)
ノノハラ ミサエ   キバさん(モストデンジャラス)
ノノハラ シンノスケ 木尾さん(シンクロック)
ノノハラ マスノスケ 石井さん(コマンダンテ)

【企画メンバー(2日目)】
ノノハラ ヒロシ   河野さん(プリマ旦那)
ノノハラ ミサエ   ゆうへいさん(吉田たち)
ノノハラ シンノスケ 野村さん(プリマ旦那)
ノノハラ バクノスケ こうへいさん(吉田たち)





不幸山団地の304号室に住む、エノ家。

夜8時、帰宅したツバサとそれを迎え入れるのは妻・ランコ。
ツバサは仕事用のカバンと共に、洗濯物が架かったハンガーを手にしている。

不幸山団地では盗難などのトラブルを防ぐため、洗濯物は夕方の5時までに取り込まなくてはならない。
1階のとある部屋で干しっぱなしになっていたそれらを、今回はそういったトラブルになる前にわざと預かってきたのだと説明するツバサ。

ランコは諸手を挙げてツバサの行動を肯定、賛同する。

エノ家の夫婦は自分たちがその団地にふさわしい行動をとることを大変重要視しているようで、ツバサに至っては翌日越してくる“お隣さん”のために会社から休みを取っていた。
きっと挨拶にやってくるであろうお隣さんに、失礼なことがあってはならないと。


同時にツバサは、自身の子どものしつけについて大変厳しい。
父親である自分が帰ってきたのにも関わらず挨拶を忘れたハネコと、「おしっこに行きたい」と主張するウメノリに平手打ちをくらわせた。

「なぜ寝る前に行かなかったんだ」とウメノリを一蹴すると、トイレに行かせることもなく「もう寝なさい」と強制するツバサ。

「「おやすみなさい、パパン。おやすみなさい、ママン。」」

ハネコとウメノリは子ども部屋へ戻っていった。

「本当によく出来たいい子たちだよ…お前に似て」
「…どういう意味ですか?」

夫婦仲は、どこか冷たさを感じさせるものがある。


ランコは、下の階に住むエノシタと不倫関係にあった。

ツバサがランコを責めるように大声をあげると、それを聞きつけたエノシタは必ずエノ家に現れて、あくまで“ご近所さん”として苦情を申し立てる。

しかしその後エノシタが廊下へ出るとランコは必ずその姿を追い、二人は団地の廊下で抱き合うのであった。



以上がOP、プロローグ的なさわりの部分です。

エノ一家の空気感、ランコとエノシタの関係、不幸山団地の規則などをさらっと紹介する形でありながらも、セリフや音響にはすでに伏線が張られていて、2回目に見たときにはこの時点で鳥肌が立つ箇所がいくつかありました。



スクリーンに映し出されたのは、エノ家の隣に越してきたノノハラ家の様子。
それぞれの企画メンバーが、演出さんに“指示された”通りセリフとモーションをぎこちなくこなしていきます。

「僕も部屋ほしい」と次男(1日目マスノスケ・2日目バクノスケ)が駄々を捏ね、その横で笑い続けるのは辻井さん演じる不動産屋セカイ。
このシーンだけで何十秒にもわたり尺が使われ、アングルを変えながらもひたすら同じシーンが続きます。

ちなみにここに関しては、1日目にマスノスケ担当した石井さんのインパクトが大変強いです。笑

このVTRの中で企画メンバーにも配役があることが明らかになり、名前も公開となるのですが、「ミサエ」で客席がざわつき「ヒロシ」で爆笑になる流れが最高に面白かったです。
あの国民的アニメのご家族じゃないかと!笑



セカイの勧めで、越してきた当日にお隣さんに挨拶に行くことになったノノハラ一家はミサエの帰りを待ち、セカイに連れられてエノ家を訪れた。

家族4人そろって今か今かと、お隣さんの挨拶を待ち受けていたエノ家(主にツバサとランコ)
ランコが玄関の扉を開けると、ノノハラ一家とセカイがエノ家に足を踏み入れる。


段取りを何一つ聞かされていない企画メンバーは、舞台上でもそわそわと所在なさげ。
一段一段強度を確かめながら階段を下りる河野さんが面白かったですw

またノノハラ家が自己紹介を促されヒロシが名乗りに1歩前へ出ると、どこか聞き覚えのあるメロディとトレンディな照明、そしてヒロシ役へあてられるスポットライト。
「…。ヒロシです…っ」
奥田さんも河野さんもそれぞれ計3回するハメになっていましたw


エノ家にはツバサ・ランコ・ハネコ・ウメノリの他に、ランコの父である“アメリカちゃん”が住んでいる。

ランコとセカイに両脇を支えられながら盛大な音楽と共に現れる、白井さん演じるアメリカちゃん。
「不幸山団地304室の大キチ○イ、アメリカちゃんです!!!」

アメリカちゃんは自他共に認めるキチ○イ。腹巻きには蛇を飼っています。
白井さんの声があまりに大きくて響くからか、一部のゼラ(照明の色セロファン)が振動していました。

ちなみに1日目終了後のトークショーではアメリカちゃんに次ぐ白井さんの役名を募集したのですが、近藤さんの目に留まるものはなかったようで、結局2日目もアメリカちゃんのままでした。


過去にアメリカちゃんが座布団を捨ててしまったため用意ができず、ランコは代わりにと子ども部屋から布団を持って来る。

セカイ「尻に敷けるものならなんでも構いません」
用意されたふとんに真っ先に座るのはセカイ。それ続いてゲスト陣が布団に腰を下ろす―――

*1日目***
それに続いて奥田さんが腰をおろすのですが、直後に「びっしゃびしゃやん!!!!」と飛び上がります。

そして奥田さんの濡れたズボンを脱がせにかかるプリンストンななえさん。
跪いた状態でベルトと外しズボンを下ろさせる図はやらしくて恥ずかしくて、なのにめちゃくちゃおもしろくて苦しかったですw

そうして奥田さんは、トップス・下着・靴下という状態で、終盤まで舞台に立たされることになります。笑

*2日目***
一番先に腰を下ろしたのは野村さん。それに続いて河野さんが正座の形で膝を着ける。
ほぼ同時に飛び上がって「濡れてるやん!!」とプリマ旦那のお二人。

ゆうへいさんは科学繊維のロングスカートなのでほとんど被害なし、こうへいさんもほとんどお尻をつけていなかったため無事だったようです。

そして奥田さん同様、ズボンを脱がされる河野さん。
玄関へ向かう階段に足をかけるほど逃げようと抵抗していましたが、それでも絶対に手を離さないななえさん。

ゆ「わ、私がやりましょうか?」
全体を通して、ゆうへいさんがきちんとミサエ役を全うしようとしていてそのたびに爆笑が起こっていましたw
*******

一瞬腰を下ろしただけでズボンが濡れてしまうくらいびしゃびしゃの布団へいつまでも座っている辻井さん。
軽く1分以上座ってから、やっとこさ気づいたかのようなリアクションを取り立ち上がると、ベージュのズボンは後ろがぐっしょり濡れていました。

ちなみにアフタートークショーによると、辻井さんはこのシーンのためにノーパンだったそうです!
結局舞台が終了するまで辻井さんのお尻は濡れたままでしたw


ランコが子ども部屋から持ってきたふとんはウメノリのもの。
おねしょをしたことがバレたウメノリは、ツバサに連れられて子ども部屋へ。

アメリカちゃんにお茶を入れてくれと頼まれたハネコも、ウメノリが気になると不安げな表情を浮かべ子ども部屋へ走っていった。


ハネコにお茶を用意してもらえなかったアメリカちゃんは急性の脱水症状に陥る。
お茶を入れてあげてください!と懇願するセカイに、「“急性の”脱水症状なんかあるか!」「お前が入れろ」とゲスト陣。

そんな中、脱水症状に苦しむアメリカちゃんの絶叫を聞きつけたエノシタがエノ家のチャイムを鳴らす。

今回はツバサの暴力でなく、自分の勘違いだと察したエノシタは次回は梨を持ってお詫びに来ます、部屋をあとにした。
そしてそれを追うランコ。冒頭のシーン同様、エノシタとランコは扉の前で抱き合う。

抱き合った後に股間を握り欲望を訴えるエノシタだが、ランコはノノハラ家の訪問を理由に「今日はダメ」と拒否。
股間を握りそのまま去っていくエノシタさんの姿が少々情けなく感じました。笑
何歳なんだろうか、エノシタさんは。

ちなみにエノシタさんは常に土足で上がり込みます。笑


エノシタとランコが抱擁をしている間、赤い照明とムーディな音響が流れ、その空気感の中でありながらも、再び思い出したかのように「お茶を入れてあげてください!」と懇願するセカイ。
1日目は石井さん演じるマスノスケ、2日目は野村さん演じるシンノスケが、冷蔵庫からお茶を取りだしアメリカちゃんの口へ運んだ。

エノシタと別れた後リビングに戻ってきたランコはヒロシへ扇情的な表情を向けると奥の部屋へ消える。
河「誘惑されてるうー!?」


無事に急性の(笑)脱水症状から回復したアメリカちゃんは、ノノハラ家に引っ越し祝いを用意するという。
ただし、それはゲームに挑戦しクリアすれば手に入れることが出来る。

(コーナー:アメリカちゃんバウワウ)

1日目はゲームクリアならず。2日目はクリア。

アメリカちゃんが腹巻きから小瓶を取り出す。中身は“カラスの卵巣”

どす黒くもありどこか紫がかったような、とにかく見たこともないような物体が入っていて、それを受け取った吉田たち・プリマ旦那は困惑。

価値が理解できずありがたみもなさげなノノハラ家を見て、セカイは憤慨するとシンノスケの手から小瓶を奪うと中身を開けて胃の中へ流し込んだ。

セカイ「なにがなんでも共益費は倍ですからね」

正体不明の液体を飲みこんだ辻井さんへの悲鳴が上がりました。


場面は変わって子ども部屋。

ツバサからおねしょを咎められるウメノリに、ハネコは自分にも責任はあるのだと助け舟を出す。
汗を流しながら尿意に耐えていたウメノリを気の毒に思ったハネコは、布団に用をたすよう提案し、自分の布団で一緒に寝たのだと真実を話す。

しかし事実を聞いてもなお、新しいお隣さんの前で恥をかかされたことが許せないツバサは2人の頬に平手打ちをくらわせた。そして、

ツ「ごはん抜き、水も抜きだ」
ウメノリに、1週間の飲食を禁ずる。

ハ「そんなのウメノリ死んじゃうよ!もう3日も食べてないのに!水も禁止だなんて」
ツ「死ぬかどうかなんてやってみなくちゃ分からないだろ」

ウメノリを守ろうと父親に異議を唱えるハネコと、その場に両膝をついてもはや動かないウメノリ。
ただ目を見開いて床を見つめる畠山さんもといウメノリが、気の毒でありながらどこか恐ろしかったです。

ツバサが出て行った子ども部屋。
ハネコとウメノリが絶望のまなざしで床に膝をつけている。

ハ「ごめんね、あんなやつで」
ウ「あんなやつ、死んじゃえばいいのに…っ」

二人は血の繋がっていない姉弟。

ハネコはツバサの、ウメノリはランコの連れ子なのである。


リビングに戻ってきたツバサはシンノスケとマスノスケ(バクノスケ)に、子ども部屋で自分の子どもたちと遊んでやってくれないかと提案する。

また、昼寝を望むアメリカちゃんを抱え、ツバサとセカイは奥の部屋へ。
自ら昼寝を望んでおきながら、両脇を抱えられた瞬間に抵抗しはじめるアメリカちゃんはやはりキチ○イ。

たったふたり、舞台上に残されるヒロシとミサエ。
しかしほどなくして、ハネコがミサエを子ども部屋へ呼ぶ。

一人になってしまったヒロシ。
奥田さんは今の内にとリビングの至る箇所を観察してやろうとウロウロ、河野さんは「一人?!」と客席に盛大な問いかけ。

リビングにたったひとり所在なさげなヒロシの元に、ランコがしっかりと乾燥されたヒロシのズボンを持って戻ってきた。

ズボンを手に持ち、ヒロシが足を通すのを待ち構えるランコ。
埒が明かないと理解したヒロシは仕方なく、ランコが持つズボンに足を通す。

ランコがヒロシのズボンを太もも辺りにまで引き上げたその時、土産の梨を片手にしたエノシタが玄関の扉を開けた。

不倫相手のランコが、新たな隣人のもとに跪いて、そのズボンに手をかけている。
土産に持ってきた梨を取り落とし、戸惑いを隠せないエノシタ。

エ「(ランコに向かって)あんた、これが最初じゃないんだろ!」
「違う」「違わないさ」の押し問答。

エ「(ヒロシに向かって)なるほどな…パンツの鎧を被った、大きなペ○スの兵隊さんが来たってわけだ!」

全く隠語になっていない、隠しきれていないときちんとツッコむ両ヒロシ。
アフタートークショーでも浦井さん言わされていましたが、これはある意味本当に神掛かったセリフなのではないでしょうかw

エ「今度は、梨よりいいもの持ってきますから」

エノシタが出て行った直後、ランコがひたすらヒロシを扇情的な目で見つめる時間があるのですが、戸惑い続けながら出来る限りのボキャブラリーを駆使する奥田さんと、完全に諦めて「もう知らん!好きにしてくれ!」と投げやりになってされるがままになる河野さん。

そして下手のパネル上部からそれをじっと見つめるセカイさん…あれは一体なにを意味していたんだろう。
セカイさんはあの団地のことなら各家庭についてでも全て把握してそうだなあと思いました。
完全にただの想像ですが。


アメリカちゃんを寝かしつけたツバサとセカイがリビングに戻ってくる。
床に転がっている複数個の梨を不審に思うツバサを尻目に、ランコは素知らぬ顔で梨を蹴って転がせると、下の階へと落としていった。

ツ「そんなことをしたら下の階の人に迷惑じゃないか」
ラ「あらそうかしら」


ほどなくして、子ども部屋に行っていた面々もリビングへ戻ってくる。

再びリビングに揃ったノノハラ家を前にランコはお茶を用意しようと冷蔵庫を開けると、その違和感に気づいた。
自分たちは飲んだ覚えがないのに、お茶が減っている。

ツバサとランコがお茶の減りについて相談している最中、「やばい」と焦りの表情を見せてくれる野村さん。

また、アメリカちゃんにお茶をいれてくれと催促をしていたはずのセカイがノノハラ家をすごい形相でにらんでいて、一日目のメンバーが「なんでお前がそんな顔で見んねん」「お前がやれって言ってたやん」
二日目のメンバーはそれには気づかなかったようです。

「あの小汚い子どもたちがやったに違いない」とノノハラ家の子どもを疑うツバサとランコ。


(コーナー:)


ゲームを楽しんだエノ家とノノハラ家。気づけば日は暮れ、時計は午後5時をさしていた。
ノノハラ家に夕飯の用意をすると言って、ランコはハネコを連れて台所へ。

ツバサ、ウメノリ、ノノハラ家、そしてセカイの7人でリビングにいると、チャイムが鳴った。
なぜか応対に名乗りを上げるセカイと、それを承諾するツバサ。

疑問を唱えるノノハラ家の声には耳も傾けず、セカイは玄関の扉を開けた。


チャイムを鳴らしていたのはエノシタ。
その手には、午後5時をすぎても干したままであったエノ家の洗濯モノが。

そして洗濯モノの裏に隠し持っていたナイフが、セカイの腹を一突きで捉えている。

抵抗する間もなくその場に崩れ落ちたセカイは、天を仰ぎ、息絶えた。


あまりに突然の出来事に慄き部屋中を逃げ回るノノハラ家。
しかし次々とエノシタの餌食となり殺害されていく面々。

エ「かかってこいよ」「おいでえ。痛いの一瞬だからさあ」

そして騒ぎを聞きつけ台所から走ってきたランコでさえも、エノシタは刺殺してしまう。


もちろんゲスト陣は自分たちが殺されることを聞かされていないので、戸惑いながらゆっくりと死んだ姿勢に落ち着きます。
ただしN谷で役者だった木尾さんとゲストだった奥田さん・河野さんは飲み込みがやはり早かったです。


奥のアメリカちゃんの部屋へ逃げるツバサとそれを追うエノシタ。

直後、ナイフがアメリカちゃんを捕えたと思われる音と真っ赤な照明。
再びリビングへ逃げてきたツバサの腰は引け、エノシタは完全にツバサを追い詰めていた。

エ「あんたが越してくるから」「あんたが家族に暴力振るうから」「あんたが相手してやらないから」「けど、ランコさんの心の隙間、俺じゃ埋められないんだよ」

ツ「あんな女くれてやる」「天国でも地獄でもどこでもいっしょに行けばいい!!」

エ「天国で愛してやってください」

エノシタは、ツバサにとどめを刺そうと手に持った包丁を振り上げる。


しかしツバサの背中へ包丁を突き刺したのは、その背後から走り込んできたハネコであった。

娘の手で息絶えるツバサ。

予想もしていなかった目の前の出来事に、エノシタも戸惑いを隠すことが出来ない。

エ「お嬢ちゃん…なにしてるんだい…それを、渡しなさい。おじさんがやったことにしてあげるから…」

ハネコはエノシタの問いかける応じることなく、彼をも一突きで殺害。リビングに静寂が訪れた。


血まみれの死体がころがる中、机の下に身を隠していたウメノリがするりと冷蔵庫の前に立った。
冷蔵庫から、切り分けてもいないハムを取り出すと、静かに激しく食らいつく。

ハ「ウメノリ、座って食べなさい」

父親とエノシタを殺害した包丁を片手に、ハネコは静かにウメノリに注意を促す。

姉の言う通り、席につくと再び無言でハムを食らうウメノリ。
勢いのままに食らい、むせるウメノリにハネコがお茶を用意する。

「ゆっくり飲むのよ」

ハネコが用意したお茶を飲み一呼吸置くと、



「ありがとう、お姉ちゃん」




初めてウメノリが笑った。







閉幕。









2014年5月17日「ギャーギャーギャー第3回公演『亀触った奴は黙ってろ!!』」



つみぎの興奮から早2週間。もう新作の公演ですよ!

もともと青春コメディと謳っていたので、たぶんバカバカしくておもしろいのだろうなあと想像を膨らませながら、ずっとこの日を待っていました。


お笑いにハマる以前から演劇は何度も見に行っていましたが、それを含めても同じ作品を2度見るのは初めて。

体力や集中力がもつか少し心配でしたが、そんなこと気にならなくなるくらい楽しかったです!































演劇系のレポでは毎度お馴染みの言い訳ですが、今回も順序立てたストーリーを記しているわけではありません。


キャラクターの人格や、それを演じる役者さん方についてを軸に、レポ・感想を書き進めています。


またそれらの解釈も私個人的なものですので、すべてが本当とは限りません。



これらのことを頭の隅に置いた上で、ハードルを下げて読んでいただければ幸いです。笑

























亀触った奴は黙ってろ!!

f:id:softlife_art:20160412103903j:image

守谷日和さん
→前田。高校3年生男子。美術部に所属している。

アキナ・山名さん
→峯田。高校3年生男子。美術部に所属している。

ビーフケーキ・近藤さん
→上江洌(うえず)。高校3年生男子。美術部に所属している。

ジソンシン・酒井さん
→中島(なかしま)。高校3年生女子

帽子屋・お松さん
→教師。美術部の顧問である様子。
→女子高生。なにかと中島の隣にいる。頭がゆるく気の強いギャル。
→店長。前田のバイト先であるコンビニの店長。ちょっぴり天パ。
→高校のヤンキー。
→未来の高校でのいじめられっこ。
→亀の亡霊(?)。ミシシッピアカミミガメ








とある高校の美術部。
部員はたったの3人で、12年来の幼馴染である前田・峯田・上江洌。

“描いた作品が入選した人が部長になる”と以前からルールは決めていたものの、未だ誰も入選したことがなく、誰が部長だともつかないまま時間だけが過ぎ、早くも3年生になってしまっていた。

前田・峯田・上江洌の3人は、冴えないグループに属するようなタイプで、彼女がいた経験もなくいわゆる童貞。
ヘアカットは峯田の家業である美容院で3人そろってタダで、メガネは上江洌の家業であるメガネ屋で3人そろってタダで。
3人ともが同じ髪型・同じメガネをしているのはそれゆえである。


見た目も言動も部活動の実績も、ありとあらゆる面において冴えない3人ですが、幼馴染同士仲良く盛り上がっている姿は本当に楽しそうで、うらやましくも感じるほどでした。


この舞台の冒頭で峯田と上江洌が繰り広げていた『揚げ揚げドン』というゲーム。
高温の油の「じゅわーーーっ」という音を聴いて、果たしてその音は何を油に投入ときのものなのかを当てるゲームです。
イントロドンの揚げ物版…と言ったところでしょうか。

出題者・上江洌が用意した音を、途中間違えそうになりながらもなんとか当てていく峯田。
そして、3問目。
峯「…亀?」
上「………(峯田を抱きしめ) おめでとう…!」

上江洌はこの問題のために、亀を高温の油へ投入したようでした。
そしてその種類は、「ミシシッピ アカミミガメ」

物語が進むにつれて徐々に匂わせて明らかになっていくことなのですが、このミシシッピアカミミガメは前田が学校のプールで大事に飼育していたものでした。
この事実を前田が知るのはまだまだ先の話なのですが…。



高校卒業までに誰かひとりでも作品を入選させようと意気込んで各々の作品に取り掛かる3人だが、ここで前田が異変に気付く。
自ら描いていた水仙のとなりに、謎のコロッケが描かれてある。

犯人はどちらだと峯田・上江洌を問い詰めるが全く相手にされず、また作品の出展が3日後に迫っていたため、前田は仕方なくコロッケが描かれた水仙の絵を提出することとなった。

この『コロッケのある風景』という作品は後々、全日本やアジアの展覧会に進むほど評価され、前田は美大への特待入学が決定する。
実はいたずら心でコロッケを描いたのは峯田、出展時にタイトルを考えたのは上江洌であり、2人は自分たちのいたずらが前田の評価を上げることになってしまったので、少々後悔をしているようであった。


ちなみに、峯田の作品は疾走感あふれるコロコロクリーナー、上江洌は公演1回目が2本のハンガー、2回目がどっからどう見てもナターシャさんの似顔絵でした。
転校していった中田くんだそうです。笑

ぱっと見た感じでは、デッサンが素晴らしいとか彩色の技術に長けているなどといった高クオリティ…というわけではないのですが、よく見るとそっくりですごいなと思いました。

美術部なのにさほど絵が上手くない、だけど彩色に関するある程度の技術はなんとなく知っている…美術部男子によくある絵のレベルといった感じで、ものすごくリアル。
高校のとき美術部だったので、その生々しさを懐かしく噛み締めていました。笑



前田には1年生のころから想いを寄せている、中島という同級生の女子生徒がいた。
1年時に意を決して告白した際、中島からはたったの二言でフられている。

その中島が、なぜか美術室の準備室から出て来て久しぶりに顔を合わせたのをきっかけに、前田はまた中島へ想いを募らせるのだった。

なお中島は一切興味がない、認識もしていない模様。



峯田は学校の女子に関するあらゆるデータをまとめた『峯ちゃんのマル秘ファイル』を所持している。

ある日、美術室に残っていた微かなシャンプーの香りを嗅ぎつけた峯田は、そのファイルに記されているデータから、シャンプーの香りの主は"中島"と"北川"のどちらかであると割り出す。
しかし北川という女子生徒はほとんど学校に来ていないため、ほぼ中島のシャンプーの香りで間違いなかろうと結論づけた三人。

その時、改めてファイルの中島のページを見ていた峯田は、あることを思い出す。
それは2年生の1学期に広まった、中島が援助交際をしているのではないか、という噂。

記録によると、中島がシャンプーを現在のものに替えたのもちょうどその時期であったとも。

しかし前田はすでに中島の靴箱にラブレターを入れた後で、翌日には告白することになっていた。
もちろん中島がそんなことをしていたはずがないと信じて疑わない前田。


翌日、中島を待つ前田の前に、峯田と上江洌が興味津々な様子で現れ、最悪の場合でも俺たちがついているからと、前田を励ます。

しばらくして現れたのは、ラブレターを読んだ中島と、その友人らしき頭が緩く怖いもの知らずのギャル。
ギャルは峯田と上江洲を泣かせるほど散々にいじり倒し、前田にも心ない言葉を投げつけるとアラレちゃんのごとくその場から走って去っていった。

何かワケがありそうな中島を脅してまで告白現場について来たがったり、中島を「中の下」と呼ぶギャルの言動は決して好感を抱けるようなものではなかった。


中島は、前田が一生懸命考え用意してきたであろう自己紹介や告白の言葉を冒頭から遮ると、告白を受け入れるつもりも、もとより彼氏を作る気もないことを伝える。

ただし、こう続けた。

「別にいいよ。セックスくらいなら」
「ただし、“3”ちょうだい」
「3万」

中島の援助交際の噂は嘘ではなかったのだ。

告白の言葉も言えず、付き添ってくれた仲間もとばっちりをくらい、そして中島の援助交際の事実を知った前田は、部室で峯田と上江洌を前にしても、号泣するしかなかった。

このレポを書くにあたって「号泣」という言葉の意味を改めて調べました。

◎号泣…大声をあげて泣くこと。泣き叫ぶこと。

よく“激しく泣く”と勘違いされて使われがちな言葉です。

“泣き叫ぶ”という意味合いから、前田くんが泣く姿はまさに「号泣」という表現がぴったりでした。

とばっちりをくらわせてしまった幼馴染たちへの申し訳なさと、告白の言葉も言えなかった悔しさと、そして何よりお金を払ってでも中島と関係を持ちたいと思ってしまう自分、またその行為への恐怖心で、ダムが決壊したかのように大声で泣き叫ぶ前田。


最初は前田くんに感情移入して息がつまるような胸の苦しさを覚えていたのですが、守谷さんの演技をしばらく見ていると、返ってその号泣している姿が心地よく思える感覚が出てきました。
もうずいぶん長い間、こんな風に大声で泣き叫んだ覚えがないなあ、気持ちよさそうだなあ、と。

これは、守谷さんによる号泣の演技が本当にすばらしかったからこそ、得ることが出来た感覚だと思います。
お腹の底から声を出すのはもちろんのこと、鼻水も出ているのではないかと疑いたくなるようなだみ声、嗚咽…とにかく感情の引き出しの奥の奥まで、すべてをぶちまけて見せていただいた気分です。

そして気持ちのままに泣いている姿を受け止めてくれる仲間の存在が、とてつもなくうらやましかったです。



前田は結局、中島に渡す3万円を稼ぐためにアルバイトを始めます。
その様子を見に来たというよりかは、からかいにやって来た峯田と上江洌とのシーンは、大半がアドリブだろうなあと勝手に思っています。

このあと、美術室にて峯田と上江洌が自分たちの将来について考えていることを語るシーンがあるのですが、そこのやりとりもおそらく8割以上はアドリブ。

N谷集落もコーナーを挟んで演者さんの新鮮すぎる反応を見せてくれるし、近藤さんって案外こういうアドリブとかエチュードとか好きなんかなあって思いました。

他所のブログでビーフケーキの単独レポを読んでいると、ぞくっとさせるオチのコントが多くて、それこそラーメンズのように所作も言葉も隅々まで凝りに凝るタイプなのかと思っていたので意外だなと。

山名さんと近藤さんのアドリブらしきやりとりだけで10分は経っていたような気がします。
そしてその中で明らかになる前田のメガネにだけ仕組まれている罠がなかなかに恐ろしかったです。笑


美術室で峯田と上江洌が会話をしていると、初めての給料を手にした前田がやってくる。

いよいよお金を手に入れ、中島の身体を買うことに真実味が帯び、再び尻込みをする前田に、最初はノリ気で前田の背中を押す声をかけていた峯田と上江洌。

しかし自分たちは一緒にラブホに入れないことを知ると、途端に気落ちし脱力した様子で、それまでと反対のことを言い始める。


そもそも興味の範疇で幼馴染の初体験を同じ部屋で見届けようという発想もなかなかぶっとんだものではあると思いますが。笑

逆に言えば、それくらい心に距離感のない仲なのだろうなあと捉えることも可能ですね。


手の平を返したような態度の峯田と上江洌に、前田は怒りを抑えることが出来なかった。

幼馴染とはいえ、自分が危ない橋を渡るか否か頭を悩ませているのに、それをほんの興味程度の軽い気持ちで踏み込んで勝手に去っていこうとするのが、気に食わなかったのだろう。

峯田と上江洌の興味本位で自分勝手な態度に腹を立てた前田は、怒りの感情のままに美術室を出て行く。


それまでへらへら脱力していた二人が前田に怒鳴られたことで表情を硬くしていく様に、自分の視線が吸い寄せられていった感覚が印象に強く残っています。

特に峯田を演じる山名さんがゆっくりと体勢を立て直していく姿に、さりげなく高い表現力を見出すことが出来ました。

気まずさを表現するにあたって、ゆっくり動くことは案外難しいことだと思っています。
動揺から目線をうろうろさせたり、そわそわ落ち着きなく振る舞うことはさほど難しくはないのですが、お客さんの目線を感じながら余計な動作を含むことなくゆっくり動くことは、かなりの集中力が必要とされます。

山名さんの演技はこういう些細な箇所でも、セリフだけでなく動きにまで明らかな緩急が示されているのでレベルが高いと思いますし、とにかく好きです。

あ、あと大声出す時に腹式呼吸でお腹あたりがぱきーってなるのも好きです。



場所は変わって、ラブホテルの一室。
前田の前に現れたのは想い人の中島ではなく、その友人で頭のゆるいギャル。

峯田と上江洌からの情報で1年生だと聞かされていた彼女は、2度留年をしている同い年の“北川”であった。
中島と同じシャンプーの香りがする北川。

2年生の1学期、中島に援助交際を教えたのは、まさにこの北川だったのだ。

お前が中島さんを汚したのかと前田は怒り狂い詰め寄るが、精神面では北川のほうが1枚も2枚も上手(うわて)。
股間を握られ、渡した3万円も返してもらえない前田に逃げ場はない。

長い葛藤の末、ほとんど泣きながら前田が出した結論は、北川に相手をしてもらうことだった。


好きな人ではない、ましてや好きな人を援助交際という道へ連れ込んだ、前田にとっては許し難い存在の北川。

しかし、“やらせてもらえる”“初めて生の女のからだを知ることができる”…思春期真っただ中の冴えない童貞くんにとってそんな誘惑は、どうしても勝つことができない相手だったのでしょう。
罪悪感や後ろめたさを覚えながらも、行為の快感に夢中になってしまう前田くんも、なんとなく想像がついてしまいました。



前田が美術室を飛び出してから峯田と上江洌がうなだれていると、準備室から姿を現した中島。

すぐさま美術室を出て行った中島を目線だけで見送りながら峯田と上江洌は、前田が今誰と時間を共にしているのか考えを巡らせ、前田の本来の目的が果たされなかったことを察すると途端に笑顔になった。


前田が初めての給料を手にしラブホテルへ向かったこの日は、25日。

実は物語の真ん中あたりのシーンで、準備室から出てきた中島と美術教師が「次は25日を過ぎたころに」と意味ありげな会話をしてた伏線が張ってあって、それがここで回収されていきました。

しかし気になるのは、中島と美術教師が準備室にて一体なにをしているのか。

一見人畜無害で優しげな美術教師と、女子生徒・中島の間にはどんな関係が築かれているのか、この物語の中で真相が語られることはありませんでした。


もしも機会があるのなら、中島にスポットをあてたサイドストーリーも見てみたいです。
北川に誘われたとはいえ、何を思って援助交際を始めたのかなど中島の心理について詳しく描いてほしいな、と。
たぶん中島自身にもはっきりした理由などはなく、ただ「誘われたから」なのかもしれませんが。

中島は他人どころか、自分にも興味がなさそうな女の子なのかもしれないと考えています。

あとは酒井さんがどこまで中島の内面を構築させていたのか、役者自らが掘り下げられるよう近藤さんがどこまで用意していたのかが気になります。
この舞台では結構な重要人物なのに分からないことだらけですっごく興味が惹かれるんです。

酒井さんの演技自体にも興味を魅かれる点が結構見つかって、それについてももっと知りたいですし。

確かに演技はうまいけれどどこか妙な違和感が拭いきれなくて考えていた矢先、酒井さんの前のコンビの漫才を見ていて気づいたことがありました。

酒井さんは舞台上にいる際、どんな距離でも相手の目をしっかりと捉えることが多いのですが、自分の立ち位置から相手までの距離と、セリフや目線の投げる距離が実際のそれと噛みあってなくてちぐはぐな気がするのです。

返ってそれが見事に作用する役を演じてもらえば最高の演技になるかと思うのですが、今回の中島はそれとはちょっぴり違うなあというのが、率直な感想です。
何を考えているか分からないミステリアスな美人、という点では酒井さん以外演じることが出来る人はいないのも事実ですが。


そもそも近藤さんが書くお話しはサイドストーリーが恋しくなるものが多い気がします。

物足りない…といえば悪い意味に捉われるかもしれませんが、そういう意味ではなく、表を色濃く描いてくださるのでそのことで見えてこなかった部分について「もっと!もっと知りたい!教えて!!」と次々に深く知りたくなってしまうのです。

主要人物だけでなく、裏で暗躍するキャラクターたちもみんながみんな愛おしい、そんな印象です。


「前田―――!誰と寝たーー??!」
涙を流しながらなかなか答えようとしない前田に、上江洌は北川のモノマネをして見せると、ご名答と言わんばかりに泣きに拍車がかかる前田。

なんだかんだ言いながらも常に肯定的に背中を押していてくれた幼馴染たちの期待に応えられなかった前田は、謝罪の言葉を口にする。

すると峯田からはコロッケの落書きの真相、そして上江洌からはミシシッピアカミミガメの行方を『揚げ揚げドン』で知らされ、かわいがっていた亀の死を悟った前田は音楽プレーヤーを抱え泣き崩れた。


しばらくすると、学生生活でやり残したことを語りだす3人。

女の子といっぱい話したかった、カラオケに行きたかった、放課後に買い食いをしたかった、

前田「好きなオンナ守ったりしたかった…」


前田くんのこの一言がものすごく苦しかったです。
そうだね、中島さんのこと守れなかったね、悔しいよね、と。

最初から守れるような地位でもなく、決して手の届かないマドンナのような存在だったけれど、それでもやっぱり守れなかったという悔しい気持ちを、拭い去ることは出来ないのだろうと思います。
そして、誘われたとはいえ結局は自らの判断で援助交際を始めたはずの中島のことを、責めたり恨んだり嫌いになることもまた難しいのでしょう。

好きなオンナの傍について守ってやれるような男に成長していくよう願うばかりです。


残り少なくなった学生生活の中で、今までやり残した青春を取り戻すことは難しいと判断した上江洌は2人にある提案をする。

それは、この3人で、この場所で、再び青春を取り戻すための方法。



…数年後、3人が着ていたものと同じ制服に身を包んだ生徒の前で、教壇に立つ峯田の姿がそこにはあった。

そして峯田の呼びかけで教室にやってきたのは、教育実習生の上江洲。

「あんたは教師だろ」と廊下を走っていたことを咎められ、その勢いのまま教室に飛び込んできた前田。

3人はともに教師としてこの学校に戻ってきたのだ。

浪人時代を経てやっと教育実習生としてやって来た上江洌の姿に、峯田も前田も生徒の目の前であるにも関わらずその喜びを抑えきれないでいた。

やっと3人がこの場所に再び揃った。


前田、峯田、上江洌の3人は、ここから共に青春を取り戻すのだ。




ED映像は、疾走感あふれる青春ソングと共に、フライヤー撮影のオフショット写真をスライド形式で編集したもの。

またメンバー紹介として各々の学生時代の写真も公開されて、その貴重なサービスに客席が歓喜のどよめきに包まれました。

しかし最も客席がざわついたのは、お松さんのターン。
写真と名前が同時に現れるはずの画面に映し出されたのは、「帽子屋・お松」の文字のみ。

一瞬おや?と首をかしげていると、フェードインしてきたのは“火事により学生時代の写真を焼失”といった旨を伝える簡素な文章。

不謹慎だとは感じながらも、巧く編集されたあの見せ方に思わず笑ってしまい、人の不幸と笑いは紙一重だなあと思いました。


エンディング曲はもちろんのこと、劇中に使われているBGMのほとんどが青春ソングで歌詞つきのものだったことから、セリフとのきっかけ合わせなど大変だったのではないかなあと思います。

その分感動も大きくて、どの場面でも曲が流れてくるたびに鳥肌が立ちました。

ツイッタ―などで他の方の感想を見ていると割とメジャーなものも多く、その懐かしさに心を打たれていた方もたくさんいたようです。
私は使われていた曲のほとんどを知らなかったのですが、それでも自然と笑顔になってしまう明るく素敵な曲ばかりでした。

セリフと被る場合はカットインで一度煽ってから音量を落とす、という術(すべ)が自分の中では新鮮で、近藤さんの選曲と演出効果のすばらしさに心打たれました。



カーテンコールの最後に披露されたダンスの完成度がこれまた高く、めちゃくちゃかわいらしかったです。

振り付けはさほど複雑というわけではないのですが、動作ひとつひとつに勢いがあって、また高速でフォーメーションを入れ替えるところは圧巻でした。
かなりの練習を積まないとあの移動は出来ないと思います。

みなさんとっても素敵な笑顔で踊っていらして、こちらも自然と笑顔になりました。ほっこり。



両公演を通して見て、アドリブ部分の違いや「もう一回見たい」「確認したい」「好き!」と思ったシーンをなぞるように見ることが出来たのは本当に楽しかったです。

映画やドラマじゃ味わえない、演劇ならでは美味しい部分。

また1回目と2回目で客数にあわせてイスの並びが変わっていて、プロの仕事だなあとさりげなく感動しました。

それとN谷同様、開演5分前?に聞こえる、電源を切るよう促すLINEの着信音が、皮肉交じりでおしゃれで大好きです。
皮肉や風刺は、ちょっぴり悪い顔をしながら間違いを正してくれるところに惹かれます。



ここまでレポと感想をだらだらやってきたにも関わらずお松さんについて全く触れてこられなかったので、唐突ではありますがちょろっと書いていこうと思います。

今回はたくさんの役を兼ねていたお松さん。優しげな美術教師から、頭のゆるいギャル、天パなコンビニ店長、学校のヤンキー、いじめられっこ、そしておそらく亀の亡霊らしき謎の全身タイツ。

キレがある演技派!とはまた違った、素朴感・素材感たっぷりのお松さんはある意味、ギャーギャーギャーの中ではちょっぴり異質です。
もちろんいい意味での異質感。

ごろっとした当たりのような…ああああ上手く表現出来ないのですが、とにかく不思議に惹きつけられるのです。

主軸に持って来るには少々難しいのですが、料理にクセを出すためのスパイスのような感覚で添えたい、そんな感じです。
上手く伝えられないのが本当に悔しい。


そもそもこのレポを自分で読み返してみると、前田・峯田・上江洌の関係性について上手く表現しきれていなくてとても悔しく、もどかしいです。

「仲がいい」だなんて一言で表すのは申し訳ないくらい、確実な絆で結ばれた3人なんです。

全員が冴えない童貞だけど、3人が揃えばそれぞれが最高にバカになって個性を発揮する、お互いがお互いを知らず知らずのうちに高め合っている、そういう関係性だと捉えています。

そしてその3人の絆がただただ羨ましくて仕方ないのも事実です。

ずっとあのまま(仲間以外とはどぎまぎする)なのは少し危ないけれど、3人のあの関係性はこれから先もずっと続いていってほしいと強く思います。



近藤さん初(?!)のハッピーエンドは、疾走感からやってくる興奮と同時に心が温まる、不思議でバカ面白い作品でした。

ギャーギャーギャーメンバーのポテンシャルや振り幅にも惹きつけられてますます虜になってしまい、すでに次の活動について様々な妄想を巡らせています。

良いものを作れば作るほど、次への期待が高まってハードルが険しいものになっていくのも事実ではありますが。

早く次回公演の情報が欲しいところ!
ただ、7月8月にアキナと守谷さんがそれぞれNGK単独を控えているので、それが過ぎるまでは新たな動きはないのかもしれないですね。

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画像は千秋楽後にロビーで公開された、前田・峯田・上江洌の作品たち。

コロコロクリーナーの疾走感をうまくカメラに収められなかったのが心残りです。



2014年5月7日「ギャーギャーギャー第2回公演『つみぎ』追加公演」

 
 
 
3月に観に行ったN谷集落の再演で演劇への熱が復活してからずっとにらんでいた、ギャーギャーギャーの公演。
 
前回の公演はN谷再演の翌日ということで、まだその存在をぎりぎり知りませんでした。
なので、この追加公演がギャーギャーギャー初参戦!
 
絶対に好きなタイプの舞台だと踏んでいたので、チケットを買った時点で鼻血が出そうなくらい興奮していました←
 
 
 
 
 
相変わらず順序立ててストーリーを書き起こすのが苦手なので、個人的に気になった様々な箇所に断片的に書き連ねていきます。
 
 
 
基本的に「ですます調」の部分は個人的な見解を記していると思って読んで頂ければ幸いです。
 
 
 
 
 
 
 
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すみません、もう一度注釈(ていうか言い訳)
 
 
 
順序立てたストーリーにはなっていません。
 
 
 
エピソードの大まかな部分をお伝え出来るか、出来ないか程度の記述です。
 
 
 
またストーリーやキャラクターについての見解は、あくまで私個人が勝手にそう解釈したものですので、実際とは大きく異なることも多々あり得ます(特に「ですます調」の文章)。
 
 
 
 
 
読みづらい文章ですが、最後までお読みいただけたら幸いです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【キャスティング
宮田権三(ごんぞう) 宮田家の家長で、以下の三兄弟の父。
→守谷日和さん
 
宮田正一(せいいち) 宮田家の長男。誕生日を迎えると二十歳になる。
→山名さん
 
宮田正二(せいじ) 宮田家の次男。誕生日を迎えると十九歳になる。
→帽子屋・お松さん
 
宮田正三(せいぞう) 宮田家の三男。誕生日を迎えると十八歳になる。
→ナターシャさん
 
貴子(あつこ) 宮田家に嫁いできた村の女。誕生日を迎えたので四十三歳になった。
→近藤さん
 
 
 
 
 
とある小さな村で「宮田家」は代々、村の人々から“村における神のような存在”としての扱いを受けてきた。
宮田家の人間がその偉大さを自ら公言しても、それを誰も疑わない、最も偉く絶対的な家系である。
 
(どうしても漢字が分からなかったのですが)「ろっけばらい」という、宮田家が村を練り歩き、村民はその間頭を下げている、儀式的なものも行われていました。
父親と兄が村民に見せる所謂“偉そう”な態度を見て、顔に疑問の色を浮かべているのは、今回初めて儀式に参加した宮田家の三男・正三。
儀式の勝手をイマイチ理解しておらず、村民の手を握り「頑張ってくださいね」と励ましの声をかける。
それを見て「俺たちは偉いからこれでいいんだ」と次男・正二が止めに入る。
 
…このシーン、正三を演じるナターシャさんが、突然舞台から客席に下りてきてびっくりました。
まさに目の前に下りて来たかと思ったら、差し出されるナターシャさんの右手。
反射的にこちらも右手を差し出すとその手を握られ、「頑張ってくださいね」と一言いただきました。村民になれました。
…話を戻します。
 
村で絶対的・神的な存在である宮田家は、三兄弟の長男・正一が二十歳を迎える年に、三兄弟の嫁として村の娘を迎え入れた。
三兄弟に与えられた嫁はひとり。名前は貴子。
宮田家に嫁ぐことは村民にとって名誉なことであり、貴子の両親は喜んで娘を送り出した様子。
しかし宮田家に嫁ぐ女はそれまでの私物を全て処分しなければならない、外部との接触は許されない、などの掟が定められていたりと、本人にとっては決して喜ばしいことではないようにも感じられる。
 
貴子の嫁入りの儀式が済んだ後、家長の権三は突然自らの引退を宣言する。
そして新たな家長を、三兄弟の中から決めると。
兄弟の中なら長男である正一兄さんしかいない、ふさわしいと騒ぐ正二・正三と、その言葉に満更でもなさそうな正一。
しかし権三は、その決定権は嫁・貴子にあると言う。
三兄弟はもちろん貴子本人も戸惑いを隠せない中、権三はその手段として12枚の積み木(つみぎ)を取り出す。
 
・積み木はひとりにつき4枚与えられ、1枚でも失えばその者は家長になる権利を失う
・嫁を「良い」と思ったら積み木を神棚に積むこと
・その積み木が10枚積まれると、嫁は「わがまま」をひとつ言うことが出来る
 
この「つみぎ」のしきたりが、三兄弟と貴子を宮田家という小さな環境の中で翻弄することになるのです。
 
 
劇中で積み木が10積まれたのは、計6回。
最初に10積まれたのは貴子が嫁いできて1週間と少し経ったころ。
権三「ひとことー!」
三兄弟が固唾を飲んで見守る中、貴子が提示したわがままは「ゆっくり寝かせてください」であった。
 
2度目に10積まれたのは、その直後。
正一と正二の意地の張り合いの結果、10の積み木を手にしてしまった正三。
しかし「積み木を一枚でも失った者は家長になる権利を失う」というルールを思い出した兄たちに散々責めてたてられ、正三はそれらすべてを神棚へ。
権三「ふたことー!」
2度目からは同時にふたつもわがままを言うことが出来るのかと驚く正二に、「ふたこと“目”」の意味であると説明を加える権三。
 
…これすごい違和感あったんです。
「ふたこと」って言葉選び。
なにかしらの規則や規定などを改まった文書にする際は、「一つ、○○」「一つ、○○」って表記するのが一般的だから、なぜ数字を増やしていく必要があるのかと。
 
三度目のわがまま「みごと」で貴子は豹変する。
正三と共に村の外へ逃げ出そうとした貴子に手を上げた権三には、強烈なビンタを。
好意と褒美の気持ちで貴子に砂糖を舐めさせていた正一には、床に落ちた砂糖を舐めろと。
意味もなく呼びつけて家中を走り回らせた正二には、そこらへんを走ってこいと。
しかし、正三には何も言いつけようとしない貴子。
「何枚積んだの」貴子の問いに、正直者の正三は「8枚」と答える。
一人つきに4枚しか与えられていないはずの積み木。
正三は、事前に正一が神棚に積んでいた4枚を自らの懐に隠していたのだった。
 
自分の積み木がなくなり家長権を失うことを恐れていた正一はその事実を知り、正三を責め立てる。
しかしその衝動的な言動で、正一は自分が積み木を失くしていたことを父・権三に知られることとなる。
正一に、家長権が失われたことを告げる権三。その口調に同情などは見えない。
「残念だったな」とその事実を伝え、必死で積み木を抱える正一からそれら全てを静かに取り上げた。
泣き崩れる正一。
そこに戻ってきたのは先ほどの貴子に言われて家中を走り回っていた正二。
兄の泣き崩れる姿に状況を把握できずにいたが、貴子に命令され自らの積み木を神棚へ置く。
 
4度目のわがまま「しごと」が成立した。
貴子「正一さん。死んでください」
 
「ひとこと」「ふたこと」「みごと」「しごと」。嫁の「しごと」
 
貴子の母は、嫁入りする娘に手紙を託していた。
『嫁の「死事(しごと)」を全うしてきなさい』
宮田家の嫁の仕事(しごと)は、新たな家長を選ぶこと。
そしてその決め方は、『消去法』である。
宮田家の嫁には、家長に相応しくないと判断した者に死を言い渡す「死事」が与えられていたのだ。
貴子がそのことに気づいたのは、「ひとこと」から「ふたこと」へ変わったとき。
手紙を読んだ当初、“死事”という表記は無学な母の書き損じだと思っていたが、それら全てにも合点がいく。
 
元より聞き分けがよく規則などに従う態度を見せていた貴子でしたが、外出に関して権三に強く咎められた後に見せた、異様とも思える完全服従の態度の理由が、ここで納得が出来てすっきりしました。
その時点で「死事」をすでに悟っていたからなのか、と。
 
 
そして最初に死事を受けた、長男の正一。
「宮田家では、積める木をなくした者は死んだも同然の扱いを受ける」
そう貴子に洩らしていたのは、自らが神棚に積んだはずの積み木の行方が不明になり、必死で探しまわっていた正一本人。
貴子「……つまらない男…?」
宮田家で“積まらない男”は死んだも同然。死を言い渡される。
全力で抵抗を見せる正一。
宮田家の長男で、家柄やその思想に最も寄り添ってきた男。
父を尊敬し、自らが家長になるのだと強く信じ、そうなりたいと願い続けてきた。
さらに貴子に惚れこみ心から愛していた正一は、3兄弟の中でも最も家長になることを望んでいたと言える。
 
正一は物語序盤では、兄弟の中で最も冷静沈着で感情的な面をあまり見せていませんでした。
家柄と村での地位に疑問を持つことなく、また長男である自分が宮田家の家長になるであろうと信じていたからなのかなあと思います。
しかし物語が進むにつれて、家長になりたいという気持ちと貴子を愛する執念が募り、それらの感情をどんどん表に出すようになります。
冷静沈着で兄弟からも厚い信頼のあった長男は、まるで駄々を捏ねる子どものようになっていくのです。
その赤ちゃん返りのような現象がもたらすギャップと違和感が、見ている側にも伝わってきて“気色悪い”と思えるほどでした。
決して貶しているわけではなく、そう思わせる術(すべ)を持っている山名さんがすごいと思いました。
元々落ち着きがあり時には圧を感じさせるようなお顔立ちの山名さんは、序盤で冷静沈着な振る舞いを見せる長男・正一からはまり役だと感じていました。
だからこそ、そのイメージを崩壊させる感情を剥き出しにした山名さんの表情作りは、客席から見ていても怖かったです。
「家長になりたい」「貴子を自分のものにしたい」という執念が積もり積もって必死になる正一の姿から覚える“嫌悪感”と、思わぬところでつまずき家長権を失うどころか殺される結果となってしまった正一への“同情の念”がごちゃまぜになって、舞台上の誰に同一化したいいのか分からず脳が混乱しました。
 
つみぎの世界には、全面的に同情・同一化できる人物がいません。
 
次男・正二は考えが安直で、己の信念をも把握出来ていない、思慮の浅い人間である。
積み木の存在を知るまでは、次に家長になるのは長男の正一兄さんだと手放しで喜んでいたのにも関わらず、自分にもチャンスがあると知った途端にその座を手に入れようと動き始める。
しかしその言動に一貫性はなく、ほんの一瞬でも自分が不利な立場になりそうになると、後先も考えずにその場しのぎのウソを言っては、結果的に有意に立てずにいるような情けない男なのだ。
嫁にやって来た貴子のこともお手伝いさん程度にしか思っておらず、意味もなく呼びつけては家中を走り回らせていた。
「みごと」で貴子が豹変してからはその言いなりで、常に貴子の顔色を窺ってはへりくだる態度を取るようになる。
そして正二は、2度目の「しごと」で貴子に名を呼ばれ、その存在を消されることなる。
 
上記のように正二は2度目の「しごと」で殺されてしまうのですが、後の権三と正三の会話から、これといった抵抗はしなかったそうです。
宮田家の掟とはいえども、自分が殺されそうになっているのにあっさりと従うとは…。
人が平均的に持っているはずの依存・執着の念に欠ける人物だったのかなあ、と考えています。
生まれたころから村での地位が決まっていて、上には兄がいるので日ごろ何かプレッシャーや責任を負う必要性も感じることなく18年間生きてきた。
たとえそれが自分の命であっても、「人に言われたからそうする」のが彼の人生における軸だったのかもしれないです。
そう考えると一番気の毒な生き方してきたなあ…本人がそれに気づけないままだったのがなおさら気の毒。なむなむ。
 
三兄弟の末っ子、正三は、外の世界へ憧れを持っていた。
自分たちの家系が“偉い”ことにも疑問を抱いており、宮田家の中で最もその思考に染まっていない人物である。
宮田家の外、村での暮らしについて知りたがった正三は貴子の部屋へ出向き、夜通しふたりきりで会話を楽しんでいた。
家長へなることへの欲を持たず、性的な期待も寄せてこない正三に、貴子は好感を持ったようであった。
 
正三は嘘をつきません。思ったことをそのまま口にします。
その正直な発言は時に正三自身を有利にさせたり、貴子を傷つけたり、兄弟たちに混乱を招くこととなります。
 
「ふたこと」からしばらく経ったとき、正三と貴子は村の外へ出ようと、宮田家を逃げ出す。
村を出る前に「両親に会いたい」と言った貴子は望み通り実家に一旦戻り両親と対面を果たしたが、大ゲンカをしたらしく、すぐに正三の元へ戻ってきた。
宮田家に嫁いだ娘が帰ってくることは、許容されることではないのである。
それでもさっぱりした表情の貴子を連れて、正三は村を囲う柵に辿りつく。
そこには、触れると電気の流れる有刺鉄線が張り巡らされ、村から一歩も出られないようになっていた。
何度試しても鉄線が邪魔で外に出られないことを理解した正三は、貴子に「貴子は両親に会えたから一応望みは叶ったけど、僕の望みはまだ叶っていないから」とせめて自分だけが外に出るためにどうすべきかの手段を提案し始める。
 
これまで貴子にとって唯一の理解者で味方であったはずの正三の、本来持っていた異常性がちらついた瞬間でした。
もちろん正三に悪意はありません。
自分が成し遂げたいと願うことを達成するために、最もふさわしいと思う手段を選んだだけなのです。
直後に貴子は「わかりました」と鉄線へ向かうためか身構えるのですが、このとき貴子が正三に向ける視線がすさまじいパワーを持っていて。
無自覚なまま酷い提案をしてきた正三に、飽きれのような悔しさのような…
貴子にとって、宮田家に嫁いでから唯一希望の光であった正三ですらも、結局は自分の救いにはなりえないことを悟ったことへの絶望のような。
近藤さんの目の演技には脱帽です。
 
直後に二人は権三に見つかり、貴子だけがきつく咎められることとなる。
そして先述した「みごと」「しごと」のシーンへつながります。順番バラバラですみません。
 
兄・正一の死をもって「家長になれないものは死ぬ」ことを知った正三は、自分が“家長になる(生き延びる)=貴子に選ばれる”ために、貴子にとって自分が必要な存在になろうと知恵を絞る。
そして正三が考え出した最もな手段は『貴子に自分の子を孕ませる』であった。
非人道的な手段で貴子を孕ませた正三は、貴子の妊娠を心の底から喜んでいた。
そこに貴子の傷ついた心思う気持ちはない。しかし、悪意もない。
これらの事の成り行きを見ていた正二はすでに神経をすり減らしてた様子で、10になるよう積み木を積めと正三に強く迫る。
自分が有利だと信じて疑わない正三は確信を持って積み木を神棚へ積み上げる。
そして2度目のしごとの犠牲になったのは、次男・正二であった。
 
貴子がなぜ、無理やり孕まされ恨んでいるはずの正三を、家長として選んだのか、ずっと考えています。
死ぬことで、ある意味で正三が宮田家から解放されるのを阻止したのでしょうか。
村の外へ出て行くことを夢見ていた正三を、家長として宮田家に縛りつけることでそれを復讐としたのでしょうか。
同時に、正二が家長になる可能性とルートを考えていたのですが、正二に同一化して考えたときに、兄は失態をして殺され、弟は非人道的な手段に出てもそこに罪の意識はない。
正二もかなり精神的に追い詰められていて、案外、正二にとってはこの結果が最も幸せであったのかもしれないなあとも思いました。
だから殺される時も抵抗しなかったのか…?
正二について、前述した内容と矛盾しているのは自覚していますが、それくらい今も混乱しています。
 
家長になり子も生まれた正三は、権三との会話から察するに、兄が二人死んだことをさほど重大には受け止めていないようでした。
「決まりなのだからそうなって当たり前」そう思っていたように感じます。
物語序盤では、外の世界に興味を持ち、自分たちは本当に偉いのかと疑問を抱いていた正三は、家長争いの中で完全に宮田家の思想に染まってしまったのでしょうか。
そうするしか生き延びる術(すべ)がないと察して、無意識的にそれまでの思考をシャットダウンしてしまったようにも考えられます。
正三は、人の気持ちを考えることが出来ない人間だと思います。
相手の立場・目線になって寄り添ったり気遣ったりといったことが出来ない。
ただ自分が「そうしたい」と思っていることを達成するために最も確実で手っ取り早い手段をとっていくだけ。
「争いごとを避けたい」「外の世界を知りたい」といった正三の当初の思想は、一見するとごく一般的で、貴子が心惹かれ希望を抱くのも納得が出来ます。
観客も貴子と同じように、正三に最も人間味を感じていたのではないでしょうか。
しかしいざ蓋を開けてみると、無自覚に人を傷つけ最終的には非人道的な手段にも手を出す、最も罪深い人間であったと思います。
無邪気で素直で残酷。しかし無自覚。だから残酷。
これら正三の深層心理を、台本を読んで理解・把握するのは相当大変なことだと思います。
 
その正三が持つ無意識的で無邪気な狂気を、見事に演じ上げたナターシャさん。
正三の心的特徴を観客に匂わせるナターシャさんの目線・所作は、自身にスポットが当たっていない間(会話の外にいるときなど)にも舞台上に張り巡らされていて、その徹底ぶりは今思い出しただけでも惚けてため息が出るほどです。
幕が開いた瞬間から、彼はきっとこの物語において重要な行動・発言・思想を見せるのだろうと期待させられ、それを裏切ることなくさらに予想の遥か上を行かれました。
 
正三の子を産み、死事も終えた貴子は最後のわがままのため積み木を神棚へ10積み上げると、宮田家を出て行くことを権三に伝える。
権三は最初から分かっていたようにあっさり承諾し、引き留めようとはしない。
ただし、「子どもは置いて行け」と。
10の積み木は“嫁自身”のわがままは受け入れられるが、子どもは別なのである。
唯一愛している子どもを置いて自分が自由になるか、子どもと共に生きるために宮田家に残るか。
究極の選択を迫られた貴子は、その場に泣き崩れる。
暗転と同時に、積み木が崩れ落ちる音が鳴り響いた。
 
一度、二度、三度と「しごと」が成立すると、暗転と同時に響く、積み木が崩れる音。
乾いた音が耳に残って、暗転後は鳥肌が止まりませんでした。
 
貴子は子どもの枕もとに手紙を置いて、その姿を消した。
その手紙がどんな内容で、誰に宛てられたものなのかは誰も知らない。
権三が静かに破り捨てたからである。
子どもを置いて消えた貴子に、正三は生まれてから一度も会ったことのない自身の母親を重ねる。
母親のいない我が子。
兄弟のいない父・権三。
それらは今、正三の姿にぴたりと重なる。
父から子へ受け継がれた、家長の座とその生い立ちの真相。
正三が全てを理解したとき、権三はまた事実だけを口にする。
 
「宮田家は積み重ねの一族や。罪を、積み重ねる」
 
しごとが成立するたびに鳴り響いていた積み木の崩れる音は、宮田家がまた新たに罪を重ねたことを意味していたのかもしれません。
3つ目のしごとは一概に罪とは言えませんが、我が子をあの宮田家の置き去りにして自由を選んだ貴子にとってみれば、十分に罪と呼べる行為かと。
 
貴子は精神面においてはいい女だと思います。
宮田家が支配する閉ざされた小さな村で生まれ育ったことが大きく影響しているのでしょうが、とにかく聞き分けがよく、察しもいい。
そしてそのなかにわずかに感じるしたたかさ。
手のかからない“良い子”は、その感情を爆発させたときが恐ろしい。
真相を察し、宮田家の嫁として死事を全うする中で、それまでのフラストレーションを一気に放出する様にはただただ圧倒されました。
なによりまず、近藤さんが女性を演じていることの違和感のなさ!
「つみぎ」の貴子役は、女優さんに演じてもらうのは避けた方がいいのかもしれません。
実際に女性が演じた場合、役者の外見のレベルによって感情移入の度合いが変わってくるのではないかと。
男性の近藤さんが演じることで、美人だとかそうでないといった外見に関する観客のものさしがなくなり、「女である」という事実だけで先入観なく貴子の人格を受け入れることが出来た気がします。
 
そしてここまで触れてこられなかった、三兄弟の父で家長の、権三について。
息子たちが積み木に翻弄されていくのを、顔色ひとつ変えずに見届け、常に決まった事実だけを静かに告げる権三。
 
死事に泣いて抵抗する正一へ向けた「残念だったな」の言い草があまりにも淡白で、なのに声色だけは柔らかくて、ああこの人には情がないのだなあと思い知らされました。
物語の冒頭、初めて嫁を迎え入れることに浮足立つ三兄弟に「自分もそうだった」と発言した時点で、権三には違和感を覚えていました。
“自分も同じだった”というのに、権三の兄弟の存在が全く見えてこなかったからです。
けれど、その言葉は嘘ではありませんでした。
「宮田家は積み重ねの一族」
今回正三がそうなったように、権三には兄弟がいて、村の娘が嫁ぎにやってきて、その嫁の死事を経て兄弟は死に、自身は家長になった。
全てを経験し、またそれが繰り返されると知っている権三は、感情を見せないのではなく、見せるような感情すらすでに持っていないのでしょう。
貴子が身ごもった正三の子の性別を、さも当然のように「男だろ」と言い切ったもまた不思議な恐ろしさがありました。
たった5音に守谷さんはどんな念を込めてこのセリフを紡ぎ出したのでしょうか。
 
 
 
ここまでストーリーや設定の解釈、キャラクター・役者に関する見解を好き勝手書いてきましたが、本当にこの作品に関しては、見た人によってその受け止め方が全く変わってくると思います。
一人で考えていても何通りもの解釈が浮かんでは消え、いつまでたっても結論に辿りつくことが出来ません。
誰が悪者で誰が被害者と一言で示すことも難しい。
誰がどうであったか分析するためにここまで細々(こまごま)だらだら書いてきましたが、結局のところ説得力のある結論は見つからずでした。
本当の正解を知っているのは脚本・演出のお松さんのみ…?
ただ、これから先も宮田家、正三は同じことを繰り返すしかないのだろうなあと思うと、鳩尾あたりに重みを感じ、苦しくなりました。
 
帽子屋・お松さんの活動を目にしたのはこれが初めてだったのですが、もっともっとこの方の作品に触れたいと強く思いました。
普段の生活を送る中ではなかなか見ることの出来ない、だけど誰しも必ず持っているであろう人間の苦い部分を、こうも繊細に描かれては好きになる他ありません!
こういうの大好きです!!!
 
OP映像は劇中のセリフなどが高速で流れていったので、本編を観劇したのちに見ることで各シーンが走馬灯のように思い出されるのだろうと思うと、今一度見たくて仕方ない気分になります。
 
今度こそ、この公演をもってギャーギャーギャーを一旦離れるナターシャさん。
本当にすばらしい演技をされる方なのでしばらくそれを生で見ることが出来ないのかと思うとさみしくてなりません。
そもそもポラロイドマガジンに興味を持ったのが、すでに東京行きが決まっていたつい最近で、大阪での活動を目の当りに出来るチャンスが6月末の自主単独のみの予定でした。
なので「つみぎ」追加公演が行われたことで、ナターシャさんの演技を間近で堪能出来てたので本当によかったです。
次回から参加のジソンシン・酒井さんも表現力が大変高い方なので、次の公演がまた楽しみ!
 
 
熱心な芸人さんたちがこだわって作り上げ、死ぬ気で稽古した舞台が面白くないわけがありません。
その高い表現力と舞台上の気迫にどっぷり浸からせていただきました。